家禽

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鶏は早くから飼育されていたが、自家用として卵をとったり、食肉用にするためのものであった。
 明治一九年(一八八六)船越知事は、米国より、淡色ブラマー、バフコーチンの二種を輸入、管理繁殖に努め、その卵種を広く民間に払下げたので、長生郡内にも、洋種を飼育する者が増してきた。翌二〇年には、卵用種として、ミノルカ、アンダルシャン、レグホン、プリマウスロックの四種を輸入、これが各農家にも普及して行った。
 家禽の調査については、明治四一年七月一日から、毎年小学校児童に原票を持たせ、直接農家に出向いて調査させたので、その統計は極めて正確なものであった。大正四年旧長柄村の家禽羽数等は、表2の通りである。その後、昭和一一年(一九三六)の統計では、上の表3のように二八四六羽で、大正頃と大して変っていないが、ひなが多くなっている。昭和二四年でも二八四一羽で殆んど変化はないが、その後、四〇年頃まで、増加がめだってくる。
 
表2 大正4年旧長柄村家禽羽数
種 別数 量価 額平均単価


2,308羽923円40銭
あひる26 21 80 
七面鳥3 3 1.00 
2,337 947 
2,118 318 15 
あひる23 7 30 
七面鳥4 2 50 
2,145 327 


3,625貫4,350円1.20円
あひる11 20 1.80 
七面鳥― ― ― 
3,663 4,370 
(長柄村郷土誌)

 
 
表3 (昭11年)鶏飼養羽数 長柄村
飼養戸数528戸10羽以下10~5050以上
2982273
め すお すひ な
2,361羽4852,8463,005