一 消防の起源 1 Origin of firefighting

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 江戸消防のおこりは、元和元年(一六一五)火消役の設置されたのが始まりであるといわれる。当時幕府は、四千石以上の旗本を頭(かしら)とし火消役二名を置き、武家火消をもって編成されたのであった。三代将軍家光にいたり、慶安元年(一六四八)火災予防に関する町触れを出している。当時の火消人夫は、「いろは四十七組」を以て編成されていた。出初式は、万治二年(一六五九)一月四日、四代将軍家綱が、上野東照宮前で、定火消しの顔見せの儀式を行ったのが始まりで、宝暦四年(一七五四)竜吐口ポンプが現れたが、火を消す偉力は少なかった。(大日本百科辞典)この時代の消火法は単純で、粗雑なものであった。まといもちが屋根に上り、鳶口人夫が家屋を破壊し、水番と称した番桶で消火作業を行なったのである。
 明治中期迄消防組を非常連と言った。部落の役職者を中心として、火災時の消火や後片付から一般の警備防犯水難防止など、非常災害の救助活動を主目的とした自治組織であった。