六地蔵(ろくぢぞう)
六地蔵、この所より小西(こにし)の妙香(めうこう)山正法(せうほう)寺とゆく道あり。これは法華宗の談所(だんじょ)にて、にちこく上人開基の所なり。こゝよりゑんまどうへは二里あまり。このところにて雨ふり出したるに、
狂六地蔵宝珠(ほうしゅ)の玉(たま)にひよりかと見れば錫杖(しゃくじゃう)ふりいだす雨(あめ)
「むかうからくる女が、なんだかわしの顔ばかり無性(むせう)に見ながらくるが、わしにほれでもしたと見へる。こゝへきたらきいて見やう。もし/\女中さん、おまへわしの顔ばかり見てきなさったが、わしになんぞ用でもござりますかへ
おんな「なにさ、ほかに用はござりませぬが、わたしは此間此(この)すぢで護摩灰(ごまのはい)とやらにつかれて、すこしのものをとられましたが、その護摩灰(ごまのはい)におまへがあんまりよくにてゐなさるから、ひょっとおもって、それで見たのでござりますが、よく/\みればおまへよりか護摩灰がよっほどよい男でござりました。あのやうな男なら、わたしはとられてもおしくはござりませぬから、どうぞもふ一度とられたいものでござります
「そんなら、その護摩灰のかはりに、わしがとってあげやうじゃァござりませぬか
「さやうなら、おまへにとっておもらい申たいものがひとつござります。わしのこの目のうへにある瘤(こぶ)がじゃまになってなりませぬが、どふぞこれをとって下さりませ」
「イヤそんなら、瘤(こぶ)もとらずはちもとらずにいたしませふ」
「雨ふって地(ぢ)かたまるといふから、この雨でわしの疣痔(いぼぢ)がうせればよい」
「わしは目のうへの瘤(こぶ)よりもなにもいらぬ。はやく家へかへってねるがよい。ねてからなにをとろうとまゝなことだ」
六地蔵、この所より小西(こにし)の妙香(めうこう)山正法(せうほう)寺とゆく道あり。これは法華宗の談所(だんじょ)にて、にちこく上人開基の所なり。こゝよりゑんまどうへは二里あまり。このところにて雨ふり出したるに、
狂六地蔵宝珠(ほうしゅ)の玉(たま)にひよりかと見れば錫杖(しゃくじゃう)ふりいだす雨(あめ)
「むかうからくる女が、なんだかわしの顔ばかり無性(むせう)に見ながらくるが、わしにほれでもしたと見へる。こゝへきたらきいて見やう。もし/\女中さん、おまへわしの顔ばかり見てきなさったが、わしになんぞ用でもござりますかへ
おんな「なにさ、ほかに用はござりませぬが、わたしは此間此(この)すぢで護摩灰(ごまのはい)とやらにつかれて、すこしのものをとられましたが、その護摩灰(ごまのはい)におまへがあんまりよくにてゐなさるから、ひょっとおもって、それで見たのでござりますが、よく/\みればおまへよりか護摩灰がよっほどよい男でござりました。あのやうな男なら、わたしはとられてもおしくはござりませぬから、どうぞもふ一度とられたいものでござります
「そんなら、その護摩灰のかはりに、わしがとってあげやうじゃァござりませぬか
「さやうなら、おまへにとっておもらい申たいものがひとつござります。わしのこの目のうへにある瘤(こぶ)がじゃまになってなりませぬが、どふぞこれをとって下さりませ」
「イヤそんなら、瘤(こぶ)もとらずはちもとらずにいたしませふ」
「雨ふって地(ぢ)かたまるといふから、この雨でわしの疣痔(いぼぢ)がうせればよい」
「わしは目のうへの瘤(こぶ)よりもなにもいらぬ。はやく家へかへってねるがよい。ねてからなにをとろうとまゝなことだ」
六地蔵
(十返舎一九「房総道中記」所載)