寛政一〇年一一月一三日生。文政一〇年家督。良祺は好学の人であって、著述には木曽名跡志、木曽考続貂、樵唱集等がある。この当時山村家の財政は極度に紊乱逼塞していた。天保二、三年の頃から家老磯野六右衛門、支配役人石作定五郎、名古屋留守居役向井五左衛門等が尾張国知多郡の海岸を埋立て新田の開発を計画したが、事業は遂に失敗に帰し、しかも三名の者は遊蕩に耽り、資金の二万余両を費消してしまった。三名はこのために天保六年職を免ぜられたが、彼らはこの処罰を以て、全く支配出頭大脇正蔵の計らいと信じ、これを陥入れるために人を以て正蔵が蓬栖院(良〓室)と密通せる旨を尾張に訴え出た。蓬栖院は大いに怒って、天保一一年自ら名古屋に出て、讒訴であることを明らかにしようとした。
　是より先、正蔵は荻曽(おぎそ)地方に山林背伐の事件があって、役目不取締の廉で閉門を命ぜられていた。その上に天保七年の飢饉に当り、尾張表からの救済金米の配給方に就き、山村家役所の取扱いが甚だ当を失していたことから、宮越、藪原、奈良井、贄川四か宿の者連合して、同年八月成瀬主殿頭が中山道を江戸に向う途中、松井田宿においてこれを訴え、更にその後江戸に出て山村家の非政三二か条を挙げて上訴する所があった。これに関しては一応尾張表でも取調べたが大事に至らずして沙汰止みとなっていたものである。それが蓬栖院の訴願により、再調を余儀なくされるに至ったので、同一四年より右四か宿総代は勿論、山村家重役等は名古屋に召喚せられ、厳重な訊問取調べを受けた。その結果、弘化元年一一月山村家家老列磯野領右衛門(六右衛門改名)同山村治左衛門は知多郡篠島に竄(さん)せられ、家老磯野六左衛門、同石作定五郎、家老列松井十太夫、勝手方用人高瀬章作、同横山新左衛門、給人平野文助、表用人川越庄左衛門、元家老隠居川口節翁、留守居役磯野貞右衛門、給人木曽御山内締役永井六郎左衛門、大脇正蔵、中小姓今井内蔵の一二名は追放を命ぜられ、谷中御用取扱役向井五右衛門始め、直訴の挙に出た四か宿総代等二八名は役筋取上げ木戸内拂、押込等の処分を受けた。当主良祺も亦家事不取締の旨を以て隠居を命ぜられた。この事件は、山村家四保の難の内でも最大難であって、山村家の家臣の主なるものは勿論、その責は当主にまで及んだのであった。山村家の存亡にも関した受難であった。慶応二年四月七日没す。