一日の検地反別

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Ⅱ-7表でわかるように、一日平均検地実施筆数に近い月日は一月二六日、二月七日などがある。そのうちの一月二六日分と、そのほぼ二倍の八三筆を実施している二月二八日について、字名、地位、反別、分米、名請人名をまとめたのがⅡ-8表である。

Ⅱ-8 一日の検地面積

 一月二六日についてみると、字名では川原、寺の下、しも川原、つき出し、おちせんとあって現在の下町方面だろうと考えられる。字別では六字にわたって四三筆を検地し、その反別を集計すると約一町二畝になる。
 二月二八日は、現在でいえば実戸(さんと)方面と考えられる田を八三筆実施して、その一日の検地面積は約三町八反である。一月二六日と二月二八日では、筆数は約二倍であるが、検地実施反別では約三倍になっており、実戸方面の田が下町方面より平均値として見るとき広いと考えられる。地位でみると実戸方面は、ほとんど沼下田であるが、下町方面は下田が多い。
 湯舟沢村をはじめ木曽谷の享保検地が、同村に三月一九日に入込んでから、約一か月で検地をしていて、そのうち湯舟沢村だけで、約三六町九反はあるのだから、この中津川貞享検地と比較しても、木曽の享保検地が如何に早行であったかがわかる。逆にいえば、この貞享検地が綿密におこなわれたことがわかる。一日平均検地実施反別は約一町一反である。