貨幣経済へ

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江戸時代の支配者の財政は年貢中心であり、この年貢米生産の農民は財政を支えるものとして位置付けられた。しかし、江戸時代後半になるにつれて、貨幣中心の経済に移行していった。この影響を強くうけるのは、農民よりは支配者側であった。
 各藩は、この財政危機を乗切る方策として、民間の貯蓄を利用した「無尽講」、お勝手方御用出精として賞された「御用達」、あるいは岩村領のように「御国産」といって自内の興産事業の開始、さらには家臣の俸禄のカットを含めて、節約・倹約による財政の縮少などがおこなわれた。