平田学派の雄岩崎長世

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平田門人で歌に長じた人は少なくないが、中でも当地方に最も大きな感化を与えた一人に岩崎長世がある。長世は、文化四年(一八〇七)甲府に生まれた。本名太郎、松井直太郎の別名もある。天保一〇年(一八三九)三三歳で平田入門、能・和歌に堪能で特に長歌を得意とした。嘉永五年(一八五二)秋飯田に来り、清風没後皇学和歌の良師のなかった伊那人たちの師表となって活躍し、その門下八十余名に及んだという(村沢武夫氏・信濃歌道史)。
在飯一二年、文久三年に白河殿に召されて上京するまで度々中津川を訪れ、市岡政治には能を教え、雅会に出ては時事を談じ尊王思想を鼓吹し、流暢な長歌、短歌を駆使して衆望をあつめた。明治一二年(一八七九)三月二九日七二歳で没している。彼の影響を思わせる中津川の人々の作品を二三挙げてみよう。
 
 益良雄乃心毛努計志唐衣此連母宇津辺支比ハ来仁鳬         (馬嶋穀生・紫陽伴野日鑑)
 (読) 益良雄の心も脱けし唐衣これも討つべき比は来にけり
 ゆみは手に採りかねつともやす(矠)鎌の光しらすやを(鈍)その夷ら  (市岡殷政・戊午詠草)
 久かたの天の岩とのあけくれにいはひことほく大君のため   寄天祝(間秀矩短冊)
 外っ国の船はやよせこ敷しまの皇みくさの手ふりミせてん      (市岡政香和歌詠草)

Ⅶ-54 長世短冊(市岡正兄氏蔵)