二代 刑部少輔秀友

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[元和六年(一六二〇)―寛永一九年(一六四二)] 幼名を刑部という。一二歳で家督を継ぐ。寛永四年田瀬村と付知村と山論、同一二年―一七年両度大坂城番を勤める。同一六年、岡田将監が福岡村より江戸城本丸用材一万本を伐り出している。同一九年一月七日苗木で歿した。享年三四歳。法号「大宝寺殿智嶽宗勝居士」。

2代 刑部少輔秀友 遠山家蔵