キリスト教の伝来は江戸時代へ入る前の天文一八年(一五四九)ザビエルが鹿児島へ渡来したのに始まる。織田信長はその伝道に便宜を計ったので、九州の大村・有馬・大友など切支丹大名まで現われるほどであったが、豊臣秀吉は伴天連(ばてれん)追放令を出して宣教師を追放し、ついにはキリスト教弾圧政策へと変っていった。
江戸時代に入っても、幕府はキリスト教禁止政策を踏襲し、さらに海外渡航を禁止した。切支丹の信者への迫害がますます強まり、信者の多い地方に対し、教会を焼き、信者を死刑・火あぶりにするなどの宗教政策(仏教を保護・奨励し、キリスト教を厳禁・迫害)をとることにより、幕府の封建支配機構を確立することにつとめていくのである。