表紙
「信州筑摩郡山口村八重嶋垣戸
検地帳 仁左衛門
享保九甲辰年十一月 」
八重嶋垣戸
一 野下畑廿八歩
同
一 下々畑廿三歩
同
一 上田三畝拾八歩
同
一 屋鋪四畝拾五歩
同
一 藪弍畝歩
同
一 中田弍畝拾九歩
同
一 中田六畝弍拾三歩
同
一 下畑拾六歩
同
一 上田四畝歩
同
一 上田弍畝廿八歩
同はば
一 中田壱分
同 おかるどう
一 下々田拾四歩
同
一 下々田廿六歩
同
一 下々田三歩
同
一 下々畑壱畝廿六歩
六地蔵
一 野下畑壱畝二歩
向田
一 上田五畝廿九歩
八重嶋
一 上田八歩
同
一 上田壱畝五歩
そで畑
一 下畑六畝拾五歩
巾
一 上田三畝弍歩
中略
反数合壱町壱反六畝廿七歩
内 田方七反六畝廿六歩
内 上三反拾八歩
中弍反五畝拾六歩
下壱反七畝拾五歩
下々弍畝廿四歩
野下拾三歩
畑方三反八畝壱分
内 中四畝八歩
下壱反七畝拾九歩
下々九畝拾九歩
野下弍畝歩
屋敷四畝拾五歩
藪弍畝歩
右の分帳によって検地帳の書式をみると、地位(等級)の分け方は五段階になっているが、楯庄屋用要留の山口村総反別の書上げには畑の等級に荒畑があり、馬籠村大脇兵右衛門の馬籠村総反別の書上げには荒田・荒畑があるから、木曽検地の等級は田・畑ともに上・中・下・下々・野下・荒の六段階があったことがわかる。屋敷地は一般的には上畑と同等に付けられているが、木曽の屋敷地はそれより低く中畑位になって一斗五升になっている。田畑屋敷のほかには藪があげられているが、これは面積のみで等級はない。
田・畑ともに一筆ごとに地位を決め、面積は記載されているが、その面積に対する分米(収穫高)は記されていない。木曽の村の検地帳はどれも同様である。
享保の検地分帳(山口村宮下敬三氏蔵)
享保の検地においては、田畑一筆限りに反別を改め、その地位を決めて記帳することは木曽以外の村々の検地と同様であるが、田畑の地位に対する石盛(反当の収穫高)を定め、面積にその石盛を乗じて一筆ごとの石高(分米)を結ぶことをしていない。一筆ごとの分米の合計高が検地請人の持高となり、村中の請人の合計高が村高となるのであるが、木曽ではこの村高が結ばれていない。これが木曽は無高の地といわれるゆえんである。