八ヶ所まいり

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 大麦、小麦がみどりの風にゆれ、黒ん坊(病虫害の為に黒くなった麦の穂)で作った麦笛が畑の中道で聞え出す頃、南蔵院の南東一帯は赤紫のカーペットを敷きつめたように、レンゲの田圃に変わるのです。その頃になりますと、八十八ヶ所参りの巡礼の人々が訪ずれて来ます。麻布二本榎にある一番寺正覚院長寿寺に始まり、三田、あたご、深川、亀戸、本所、浅草、下谷、谷中、田端、西ヶ原、平塚と巡り、巣鴨、湯島、本郷、小石川、茗荷谷、音羽、目白、下戸塚、高田を経て、中村の南蔵院にやって来るのです。白い着物に手甲、脚絆、胸には頭陀袋をさげ、萱笠を冠った人々が、りんりん鈴をならしながら、レンゲの畦道を通るのです。そして南蔵院の廂や柱に、馴れた手つきで千社札を貼りつけると、次の札所である谷原の長命寺の方に向って、巡礼の足を運んで行くのでした。