夏が来ると子供達は、風呂あがりの一時を毎晩のように螢取りに出かけるのです。女の子だけで行くのはちょっと淋しいので、何とか理由をつけては男の子達に付いて来て貰うのです。あちこちに点在する農家の灯は、厚い屋敷林に覆われ、一面の薄闇の中に蛙の声だけが聞えて来ます。
千川上水からひいた小川が、どじょう、だぼ、小えび、川にな、しじみ、げんごろう等泳がせながら、竹藪の西側を通って、お寺や新田の方に流れています。夜露に足を濡らしながら、子供達は一列になって川っぷちを行くと、寝ぼけた殿様蛙がポチャンと水に跳び込んだりします。
「ホ、ホ、ホータル来い 山道来い
アンド(行灯)の光りを
ちょいと見て来い
ホ、ホ、ホータル来い……」
と、一人が歌い出すと、何時の間にか合唱になってしまいます。小さい光りは、ついたり消えたりしながらふわふわと青田の上を流れていったり、稲の葉にとまって息づいています。小川の草蔭で動かない光りを見つけたりすると、
「蛇の目だァ!」と、男の子達が面白がって騒ぎ立てます。うちわでひょいと落された螢は、ザラザラの菓子袋の中で青白い光りを点滅させているのです。
おもての下の土橋まで来ると、川幅がそこだけ少し広くなって、洗い場が出来ています。その静かな水面に暗い夜空が映って、何だかとてもこわいのです。南蔵院の森も、唯黒々と気持悪気にのそりと立っているだけです。お寺の南や新田まで行けば、もっとたくさんの螢がいるのですが、何となく薄気味悪くて行く気にはなれません。子供らは皆心の中で、「お化けが出て来たらどうしよう…」と思っているのです。そして何時もおもての下か、もう一つ先の宮田の橋あたりでUターンしてしまうのです。
家に持ち帰った螢は、全部庭に放してあげると、始めは泉水の植込みなどでまたたいてとても綺麗です。子供達が蚊帳の中でそれを眺めながら、何時の間にか眠ってしまう頃、螢たちも亦、たくさんの仲間のいる田圃の方に飛んでいってしまうのです。