七夕様

24 ~ 25 / 55ページ
 梅雨が明けると、おじいさん(嘉永三年生れ)は何時も風通しのいゝ物置の廂の下で、真白いちょん髷頭をゆらしながら草履を編んでいます。藁を濡らし木槌で叩いて繊維を軟らかくし、左右の指を上手に動かしながら作っています。たまに女の子用にと、赤いボロ布を撚り合せた可愛いゝ花緒を附けてくれます。
 おじいさんは、七夕の前日になりますと、前もってお寺の茅山から採って来て、青々と乾しあげたちやがで細いすべすべの縄をない、七夕様の馬を作りはじめます。田植えの時に残しておいた稲の苗を使って作るのです。きれいに洗って乾かした早苗の根っ子を馬のたてがみとした藁の馬で、おとなしそうに下を向いている雌の馬、ヒヒーンとばかりに空を見ている雄の馬が出来上って行きます。
 一方子供達は、日が高く昇らないうちに、硯を持って里芋畑に入り、朝露に濡れた芋の葉にコロコロ転がっている銀色の水玉を集めて七夕様の短冊を書くのです。
 藤棚の下の大きな縁台の上で、五色の紙を四角や三角や長細く切り、思い思いに下手糞の字で、七夕様とか、天の川とか、もう忘れてしまいましたが、おじいさんから教わった「……かさゝぎの橋」と云う古歌を書いたりします。使用済みの半紙を細く切って、縒も作ります。縒作りは非常に難しくて、すぐグニャグニャになってしまうのですが、何本も作って指先が痛くなる頃には、どうにか縒らしくなって来ます。でも、ぶきっちょ(無器用)の子は最後までグニャグニャの縒ですが、だからといって忙しい家の者に作ってもらうわけにもいきません。
 母親も夕飯(よめし)の仕度をしながら、饅頭を作る為に大きな木鉢で小麦粉をねったり、小豆を煮て餡を拵えます。「甘いものはうんと甘くしなければ…」と、花見砂糖を大奮発して、ふっくらと甘いつぶし餡を作り、明日のご馳走の準備に忙しいのです。明朝は又、暗いうちに起き出して、幾セイロもの饅頭を作らなければなりません。
 七夕の朝、兄妹達は竹藪から切り出した若竹に、昨日作っておいた短冊や、おじいさんが作ってくれた五色の吹き流しや、紙の籠を縒の先につけて結ぶのです。七夕の竹に張り渡されたちやがの縄には、早苗で作った二頭の馬が、仲よく向き合って吊るされ、その前に、背負い籠を逆さに伏せて、その上にオダテ(藁の軸だけで編んだ敷物)を敷き、お神酒や、饅頭、西瓜、銀まくわ等供えるのです。
 夜になると、一段と冴えた星空に、天の川が、美事にくっきりと流れ始めるのです。
 次の日、この二頭の馬は、一緒に束ねて、萱ぶきの母屋の屋根に高々と投げ上げ、七夕の竹は陸稲畑や黍畑に立てられるのです。
></a></div><br />
</div>

</div>

<!-------- 編集領域 終了 -------->

</body>
</html>
 src=