子供達が遊びにも飽き、待ちくたびれた頃、やっとお目あてのお祝っ子がやって来ます。親元から贈られた友禅の長袖に、ハコセコ、しごきをつけた女の子は、小さい丸髷を結った黒止袖のおばあさんに手をひかれ、ぽっくりの鈴をチリチリ鳴らしながら歩いて来ます。親類の人々も、袷の重ねに、紋付羽織、仙台平の袴をはいたおじさん達や、礼服を身につけたおばさん達が、長々と後に続き、まるで嫁入り見たいです。行列の後から、藍の香りもさわやかな印袢天の若い衆が、天秤棒の両端に御前籠(御膳籠?)をぶらさげて、ギシギシ調子良く続いて来ます。その籠の中に、子供達が待っている丸餅や密柑が入っているのです。
拝殿に昇ったお祝っ子は、型通り神主さんからお神酒を頂戴して、やっと餠投げが始まります。親類の人々が一斉に餅を投げ始めると、待ち構えていた子供達や、孫を背負ったお婆さん達が、それっとばかりに群ります。何時もひょうきんなおきん婆さんは「もっとこっちに投げて呉れよォ」と、風呂敷位大きい前掛をひろげます。投げられた丸餅は、狛犬さんにぶっかったり、子供らの手をすりぬけ足元に転がって泥まみれになってしまいます。そして最後に、大きなお供え餠がお祝っ子の手によって投げられてしまうと、子供達は思い思いに八幡様の森から散って行くのです。
絣の着物のふところに、幾っもの餅を抱え、ラクダ色の綿メリヤスの股引をだぶつかせながら跳んで帰る男の子や、泥んこの餅を大事そうに両手に握りしめて、麦蒔き終えた畑道を帰る女の子も居ます。
据風呂を焚く煙が、紫に棚引く夕暮れです。