現在の自動車教習所の近くに「大日堂の畑」があり、昔、あったと云われている大日堂は、このあたりに建っていたのでしょう。この畑には、土器のカケラ等も落ちていました。寛文元年(一六六一)の阿弥陀如来立像や、何基かの石塔が建ち、此処にも、西光寺跡の「首つぎ地蔵」と同様、首無し地蔵があったそうです。関東大震災でお首が落ちてしまったのか、それとも明治元年の廃仏棄釈の被害にあわれたのでしょうか。今は皆、行方不明になっています。
南蔵院墓地にも、二つに割られてしまった地蔵さまがおられました。
大日堂の畑③
現在の自動車教習所の近くに「大日堂の畑」があり、昔、あったと云われている大日堂は、このあたりに建っていたのでしょう。この畑には、土器のカケラ等も落ちていました。寛文元年(一六六一)の阿弥陀如来立像や、何基かの石塔が建ち、此処にも、西光寺跡の「首つぎ地蔵」と同様、首無し地蔵があったそうです。関東大震災でお首が落ちてしまったのか、それとも明治元年の廃仏棄釈の被害にあわれたのでしょうか。今は皆、行方不明になっています。
南蔵院墓地にも、二つに割られてしまった地蔵さまがおられました。