中新井との境とよ口近くに、川施餓鬼供養塔が建っていました。千川通りと清戸道の交叉する辺は、急に曲る爲に、月の無い闇夜には、道と上水の区別がわからず、満々と水をたたえて流れていた千川に、人馬が落ちて死にました。これらの霊を慰める爲に建てた塔で、現在は、近くにあった地蔵様と共に、南蔵院墓地入り口近くに移してあります。
地蔵様は、破風屋根付角柱地蔵で、練馬区内の数少ない一基ですが、無数の傷跡だらけで造立年も不明ですが(左、中村南蔵院[ ])の道しるべがあります。
川施餓鬼供養搭㊳㊷
中新井との境とよ口近くに、川施餓鬼供養塔が建っていました。千川通りと清戸道の交叉する辺は、急に曲る爲に、月の無い闇夜には、道と上水の区別がわからず、満々と水をたたえて流れていた千川に、人馬が落ちて死にました。これらの霊を慰める爲に建てた塔で、現在は、近くにあった地蔵様と共に、南蔵院墓地入り口近くに移してあります。
地蔵様は、破風屋根付角柱地蔵で、練馬区内の数少ない一基ですが、無数の傷跡だらけで造立年も不明ですが(左、中村南蔵院[ ])の道しるべがあります。