情は人の爲ならず

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 中村には、田中稲荷など、各組中の稲荷とは別に、屋敷神として稲荷様を祭る農家が大部あり、大体それ/゛\の宅地内に祠がありました。しかし、家も無い通学路の畑の片隅に、ポツンと建っている淋し気な稲荷の祠があり、不思議に思って母に尋ねた事がありました。

 そこは、潰れ屋敷の跡だったのです。その家の土地は、正当な理由があってそうなったと思いますが、すべて村の有力者二軒の所有となりました。たった一人残された老婆は、地面をなめる位腰を曲げて、杖にすがりながらブツ/\云って歩いていました。よく聞いて見ますと、おばあさんは、「こん畜生!こん畜生!今に見ていろ!」と、杖を激しく叩いて怒り、悲しんで居たと云うのです。

 それを見かねた近くの家で、その老婆をひきとり、家族同様に世話をしてあげました。

 又、昔は、農家のとんぼ口に立って、少しばかりの小銭やにぎり飯を恵んでもらい、お宮の縁の下で眠る物乞いの人達がよく現れました。

そんな乞食を可哀想に思い、自分の家の物置きに住まわせ、最后の死に水までとってやる位、この家の人達は、心やさしい人々でした。福祉と云う言葉すら無かった様な時代に、私設の福祉事業を行っていたのです。

 その家は現在、非常に繁盛しています。

 情は人の爲ならずの諺を、まざ/\と目のあたりに見る思いです。