県神社

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 県神社の祭神は大日孁貴神(天照大神)で、相殿に弟橘比売命と誉田別尊を祀る。創建は成務天皇の頃県主が氏神として建てたものを、長享二年(一四八八)酒井定隆が土気城を再興した時城の附近にあったものを現在地に移築して守護神としたものである。その関係で金谷郷内にあるが土気町の飛地となっていた。現在は払い下げられて本町の管轄下に入っているが、土気飛地という字名に往時の面影をとどめている。
 当社は県大明神と称し本寿寺を以て別当寺とした。
 天正十九年十一月、徳川家康は当比に社領五石を寄進した。
 当社には天正己卯(七年)十二月二十六日奉納銘のある酒井伯耆守康治寄進の絵馬一対があることで知られている。
 明治に入り県神社という現在名に改められた。
 昭和五十四年春、神社本庁から認められて、郡内で三番目の規範神社に昇格した。

(『山武郡郷土誌』)



写真 県神社