あとがき

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 新町誕生二十五周年の記念事業として着手した町史編さん事業が、幾多の困難を伴いながらも刊行の運びとなり、私たち関係者にとっては、感激ひとしお深いものがあります。
 昭和五十五年の編さん委員会発足時の基本方針は、史実に基づいた実証的、具体的な歴史叙述に心掛け、幅広い年齢層に親しみやすく、理解しやすい内容とすること、しかも歴史研究者にもご活用いただけるような研究水準を保つことといったようなかなり難題なものでした。
 こうした要求に応えるには、町内外の史・資料を丹念に調査、収集していく必要があり、当委員会では、その悉皆調査を長期間にわたって実施してきました。この史・資料の悉皆調査は、町史の刊行が単に通史の発行だけで完結するのではなく、家屋の改増築や移転、世代の交代などによって散逸の恐れのある古文書などの歴史的遺産を保存し、後世に伝えることも町史編さんの重要な業務であるという認識によるものでした。その結果、町内外で約三万点の史・資料を収集、整理し、すでに『大網白里町史料目録』として目録集を三巻刊行し、最終的には全四巻を発刊する予定となっています。また、厖大な点数の史・資料のなかでも、とくに貴重なものは、写真、ないしは複写化して保存し、将来的に利用者が閲覧できるような方向で準備を進めています。
 こうして収集された史・資料は、執筆者の先生方によって町史のなかで十分に利用され、その歴史叙述に具体性をもたせるとともに、内容をより豊かにさせる素材となっています。ただ、浅学非才の私たち編さん委員が編さんしたものであることから、全体を通じて不備な点が多々あります。とくに歴史の通説に対して問題を提起し、房総史研究に一石を投じたかという点では甚だ心もとないものがありますが、読者に対しましてはひたすらご寛恕を願うよりほかありません。
 本書の成立までには、史・資料提供者をはじめ多くの方々からご協力をいただきました。また、公私とも多忙ななかを執筆に全力を傾けられました小高春雄、伊藤一男、土屋賢泰、田上繁、樋口誠太郎各氏の執筆者と、監修という重責を果たされた川村優氏には、本書作成に並々ならぬご尽力をいただきました。あわせて感謝の意を表させていただきます。
 終りに、史・資料の収集、整理、分類と町史刊行の全般にわたってお力添えをいただいた編さん委員各位、嘱託田上繁氏、編さん事務局に対し厚くお礼申し上げます。なお、町史刊行をまたず、その中途において逝去された池辺丈夫委員に心から哀悼の意を表したいと思います。
 昭和六十一年十月
                             大網白里町史編さん委員会
                              副会長 土屋徳四郎