水廣魚游(印影)


 本作実物の印章は、かつて茨城県古河市の篆刻美術館で開催された「石井雙石展」で展覧された(平成6年から7年)。当該展の図録には、印鈕も掲載されており、瓦当文のような形式で印面と同文の「水廣魚游」が陽刻で刻され、印材には木材を使用している。また同図版には、印影の横に自跋が添えられ、「貞観政要云、林深則鳥栖、水廣則魚游、仁義積則物自歸之。…」(貞観政要に云う、林深ければ則ち鳥栖み、水広ければ則ち魚游び、仁義積もれば則ち物自ら之に帰す。…)と記され、この一部を刻していることがわかる。『貞観政要』とは、中国唐代における貞観の治で知られる、太宗皇帝の政治に関する言行や臣下との問答をまとめたもので、古来、為政者必読の書とされてきた。
 刻風については、篆書の基本である小篆とは異なり、中国古代の甲骨文、あるいは青銅器に鋳込まれた金文のような象形的要素を基調とした作風である。「水廣」の点画によって、水の流れのような躍動感を演出し、「魚游」は正面を向いた構えで安定感を感じさせる。なお左下部には「碩印」の白文自用印が捺される。
 
解説: 髙橋 佑太(二松学舎大学専任講師・博士(芸術学)) 2019.3
 
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