清寂


 「癸卯元旦九十一叟雙石」の落款のとおり昭和38年(1963)の試筆すなわち書き初めで、落款印も添えず、未装のまま遺された。年頭にあたって選んだ語は、清く静かな意の「清寂」。李白などの漢詩では「せいせき」と読まれる。若くして漢学塾で学び、後年も二松学舎教授の岩渓裳川(しょうせん、1852‐1943)に漢詩漢文を学んだ石井雙石ゆえ、そのように読んだかとも思えたが、2年後の同40年の試筆でも「乙巳元旦」の落款を添えた「和敬清寂」を短冊にしたためていることから(千葉県立美術館蔵)、「せいじゃく」でよかろう。
 本作は縦39cm、横52.5cmだが四辺整い、自ら裁断した様子がなく、あまり墨を吸収しない紙質のようでもあることから、懐紙判をそのまま用いたことが窺える。柔毛筆を執ったであろうが、行書の「清」は上半、「寂」は下半に密度をもたせ、字座の妙を示している。その「寂」は前掲の短冊と同様、書における伝統的な形と異なるが、いずれも読みやすさを第一としたようである。
 
解説: 森岡 隆(筑波大学教授・博士(芸術学)) 2019.3
 
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