仁者壽


 「九十五叟雙石」が色紙に揮毫した昭和42年(1967)の額装作品だが、「仁者壽」は『論語』雍也(ようや)編の「子曰く、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿(いのちなが)し」による。「流れる水を好む知者は世情にも機敏に対応して人生を楽しむが、不動の山を愛する仁者は自身の心も平静で長寿を保つ」と解されるが、白寿を全うした石井雙石の座右の銘のごときであったであろう。
 各字とも線が太く、「壽」の右上半で筆画が重なっているのは、あまり墨を吸収しない紙質に、比較的大きい筆を用いたからだが、「仁」の人偏の縦画や「壽」の縦画のはね(趯・てき)などの線性からは柔毛筆であったこともわかる。なお「者」の4画目「ノ」を上下で分割するのは曹全碑などの隷書に見られる。
 落款の「碩印」白文印は、戦後の印材不足の中で刻した「一笑百印」などと同じ竹印で、昭和24年(1949)に刻したもの。『雙石先生印譜』第11顆として所収され、「水廣魚游」篆刻作品、「光風」にも捺されている。が、側款に「己の分限を守る。安んじて本分を守る」といった意の「守分」二字が草書で刻されており、「仁者壽」の揮毫にふさわしい落款印である。
 
解説: 森岡 隆(筑波大学教授・博士(芸術学)) 2019.3
 
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