胡馬依北風 越鳥巣南枝


 半切の画仙紙(約135cm×約35cm)を三分したであろう縦121.4cm、横12cmの細長い紙2枚の各々に五言句を行書で書いた対聯(ついれん)だが、左右の聯の下部の落款「戊申春日」「九十六叟雙石」から、昭和43年(1968)春の書であることがわかる。この二句は『文選』の古詩十九首の其一の五言十六句の第七句・第八句「胡馬は北風に依り、越鳥は南枝に巣くう」で、「北方の胡の国から来た馬は、故郷より吹いてくる北風に身を寄せ、南方の越の国から渡って来た鳥は、樹に巣をかけるにも南向きの枝を選ぶ」という、望郷の念の強いことのたとえとされる。台湾守備兵として赴き、日露戦争に従軍した若き日のことが心中に去来したのであろうか。
 なお、左聯の「巣」の上部「巛」を中・左・右の順で「山」のような形にしている。その聯に添えられた落款印のうち、四辺を輪郭線で囲った漏白辺式の白文方印「碩」は、本名石松を後に改めた名である。また、その下の「雙石」朱文方印も木印で、側面には吉祥と同義の「吉羊」の語が陽刻されているが、この両印は、石井雙石没後の昭和59年(1984)11月中浣に成った『雙石先生印譜』(折本)の第4顆、第5顆として収められている。
 
解説: 森岡 隆(筑波大学教授・博士(芸術学)) 2019.3
 
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