- 樂哉無一事
- 石井雙石
- 昭和45年
この句の出典は、北宋の蘇軾(1036‐1101)の「舟に乗りて賈収(こしゅう)の水閣を過(よぎ)りて収は其の子(し)を見るに在らず三首 其二」という長い題の五言律詩である。友人賈収が舟に乗って水辺の楼閣まで来てくれたものの会うことができなかったことを詠じたものだが、その尾聯(結聯)「楽哉無一事、何処不清涼」すなわち「楽しきかな一事無し、いずれの処か清涼ならざらん」の前句を縦89cm、横9cmという幅の狭い画仙紙にしたためた軸装作品である。「胡馬依北風、越鳥巣南枝」対聯各紙と同様に半切を三分し、書き終えた後で左右の余白を狭くしたか、はじめから四分したのであろう。
ともあれ、憂いのない心境を示す句であり、石井雙石が揮毫するにふさわしいが、初字「樂」の上半や「無」、「事」のループなど、いかにも楽しげに筆を遊ばせている。落款「九十八叟雙石」が昭和45年(1970)揮毫を示すが、すぐ上の左にカーブした「事」の終画に対応させてか「十」を直線で長く伸ばしている。また数多ある落款印のうち「井碩」朱文長印を用いたことも、またその位置も画竜点睛と言うべきである。
解説: 森岡 隆(筑波大学教授・博士(芸術学)) 2019.3
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