無心得良悟


 邪念を払い、心を無の状態にしてこそ、道理を悟ることができるという意の「無心、良悟を得」を半切の画仙紙に揮毫した昭和46年(1971)の作品だが、この五字のうち「無」「得」「良」は草書、「心」は行書、「悟」は楷書と見てよく三書体混淆、また「無」の終画と「心」の終画が重なるも違和感はない。落款「九十九叟雙石」も、「大吉羊」の落款「九十三叟雙石」などと同様に「九」と「十」の上部を近接させて「卆」(卒)としたようにも解せる。
 筆致や淡墨の様子から「瑞煙呈福壽」より後のようだが、この語句のとおりの境地に達していたことが窺える。軸装に仕立てられたのが石井雙石在世中か否かわからぬし、裂の色調も墨色に合わせただけのことかもしれぬが、雙石には、本作のごとき大きな作品は、この後いつ書けなくなるかわからぬという思いが去来していたかもしれない。落款印は昭和27年(1952)刻の「碩鉥(じ)」白文方印と、同26年刻の「不二山客」十字格朱文方印で、この両顆は「瑞煙呈福壽」など他の半切作品でも多用された。
 
解説: 森岡 隆(筑波大学教授・博士(芸術学)) 2019.3
 
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