印影「鶴」


 奈良時代に遣唐使によって日本にもたらされた印章は、『大宝律令』によって公文書に用いられる官印が規定された。本邦の官印のうち、日本独特の雰囲気をそなえたものを、大和古印と呼ぶが、本作の細線で大胆な刻風からは、そうした雰囲気を感じさせる。
 石井雙石の作風といえば、独創性のある大胆な刻法のイメージが強いが、それは、雙石が握刀法、無補刀を提唱したことによるところが大きい。戦前は、中国の古銅印や清代の趙之謙(1829‐1884)などを学び、精緻な作風であったが、戦後に奔放な作風に一転したと言われる。しかし奔放な作風に終始したわけではなく、文部省、警視庁などに依頼されて刻した公印は、その性格をふまえ、左右相称の小篆を基調とした落ち着いた作風で刻しており、正統派の作風も善くした。
 なお本作と似た作風の印では、昭和40年(1965)、第8回日展出品作の「久遠寺印」(数え年93歳)があげられる。余分な肉を削り落とした無駄のない細線からは、雙石晩年の老境の巧みさがうかがえる。
 
解説: 髙橋 佑太(二松学舎大学専任講師・博士(芸術学)) 2019.3
 
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