民費の賦課方法は、本市域において最初どのような方法で賦課されていたか資料がないので明確にしがたいが、現在残されている文書(阿久津モト文書)によれば、行政機関費として用係以下村役人の諸給料や教育費等の行政上の経費がかさみ、今までの賦課方法では区内住民の苦情が絶えないので、公平な賦課の方法に改正したいと、第三大区七小区から栃木県令に伺書を提出しているので、全文を記す。
区費賦課方法ノ儀ニ付伺書
第三大区七小区
賦課方法之儀ニ付伺
該区壱宿二十五村戸数千百八十軒、高六千八百五拾四石弐斗八升四勺(内旧石高六千八百石弐斗八升四勺、禄高五十四石)分限五等ニ分チ一等分限ニシテ百九軒五分五厘(一等三十三軒一位、二等四十三軒八掛、三等六十二軒六掛、四等六十四軒弐掛、五等七十一軒五厘掛)右ノ三種江区公費合計金額ヲ戸数江五分、高江三分五厘、分限等級江一分五厘ヲ賦シ徴発仕来候処公用日々増加スルニ従ヒ用係以下使夫等ニ至ルマテ近々増給加之学校費モ又生徒ノ進歩ノ及日々入校ノ増加スルニ従ヒ教員増給並増員等諸費相嵩候畢竟従前賦課方法之公平ナラサル処ヨリ近々改正ノ建議有之傍ハラ人民ノ苦情モ不尠候ニ付宿村用係以下ト衆論ヲ尽シ各自所見異ナリト雖モ取捨斟酌左ノ条件ヲ裁定仕候ニ付自今法案ノ通施行仕候□公平至当ノ分賦ニ可相成奉存候此段連署ヲ以テ伺上候也
明治八年第十一月
右区
副戸長 阿久津頼安
同 太田義明
同 飯村定武
戸長 阿久津脩斉
栃木県令 鍋島幹殿
区費賦課方法
(阿久津モト氏蔵)
〈別紙〉
区公費賦課改正法案
第一条
一、戸数千百八十戸区費十分ノ六ヲ賦課ス
但借家寄留モ此部ニ入
一、高六千八百五十四石弐斗八升四勺内(旧石高六千八百石弐斗八升四勺、禄高五十四名)区費十分ノ三ヲ賦課ス
但地租改正ノ日ヲ待テ尚再議スヘシ
一、分限等級江区費十分ノ一ヲ賦課ス
但商業ノ多寡貧富ヲ以テ等級ヲ定ム
第二条
一、分限等級ヲ五等ニ分チ尚上下ノ区域ヲ立是ヲ定ムル左ノ表ノ如シ
一等 | 二等 | 三等 | 四等 | 五等 | |||||
上 | 下 | 上 | 下 | 上 | 下 | 上 | 下 | 上 | 下 |
十 | 九 | 八 | 七 | 六 | 五 | 四 | 三 | 二 | 一 |
譬ハ一等ノ上金拾銭ヲ課スル時ハ一等ノ下ハ金九銭ヲ課ス以下之ニ同シ
第三条
一、分限等級ハ一ケ年間ハ必据置モノトス
但事実難止モノハ此限ニアラス
第四条
一、区公費納ノ義ハ達日限前日迄ニ該宿村用係江各伍長ヨリ相納期日ニハ必用係ヨリ御用取扱所□可相納事
第五条
一、伍組中賦課金差□□者有之節ハ伍中ニ於テ一時弁納可致尤拾五円ニ付一ケ月金弐拾五銭ノ利子用係ニ於テ取立伍長江可返戻事
〈表紙〉
書面区入費賦課方法之義ハ戸数五分反別三分人口二分ニ賦課可致事
明治八年十一月二十日
(阿久津モト文書)
右記のように戸数割・石高割・分限割の三方法が用いられている。許可については戸数割一〇分の六を一〇分の五。石高割については申請どおりとし、一〇分の三。分限割一〇分の一を一〇分の二に賦課するよう改正案は許可になっているのである。既に石高の称については明治五年に廃止されていたが、長い慣用で石高割が用いられていたのである。戸数割は村内に生じてきた貧富の差を認めないところから負担の重い人達からの反発が多く、財産に応じた分限割、つまり等級割が併用されているのが特徴となっている。戸数割・反別割・人口割とも所有地を基礎とした賦課方法であったから、村内の経済的実力が大きく反映された賦課方法となっているのである。
なお、明治八年各県が管内の諸営業に課税していた賦金は、次に示すようなものが課せられていた。
証券印紙税金・証券界紙税金・訴訟用界紙税金・煙草印紙税金・度量衡税金・酒類醸造税金・酒類免許税金・酒類受売免許税金・船税金・車税金・牛馬税金・売薬税金・煙草税金・銃猟税金・銀行税金・代言人税金・料理店税金・菓子屋税金・宿屋税金・古着古道具税金・洋物税金・口入税金・三味線商税・人寄税・劇場税・歌舞音曲税・諸問屋税・漁業税・質屋金高税・芸娼妓税金・楊弓税金・諸興行税・三味線税・鑑札税金・梁漁業税金・地価割金・戸数割金等である(「大田原宿地誌編輯材料取調書」)。