安藤農場

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明治二十年(一八八七)、旧金田村南部の原野を、大沼渡(大沼渉か?)が拝借を受けた。しかし、どういう訳か、同三十八年(一九〇五)に農商務省のものとなり、同年九月に黒羽出身の安藤三夫の所有になった。その面積は、大正末で八九町歩余(八九ヘクタール余)であった。安藤は水田開発に力を注ぎ、共同で用水路を開き、大正末期には、水田二〇余町歩(二〇余ヘクタール)になっていた。