商工会議所の成立

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第二次世界大戦後の商工業界を指導していった組織に商工会議所がある。もともと大正時代から商工会議所という組織はあったが、これは、町の大商店主のクラブ的な組織であったといわれている。これが、第二次世界大戦中商業会とよばれ、戦後の同二十一年秋に民主的な商工会議所として発足したのである。最初の事務所は、大田原町荒町(山の手一丁目七番九号)に設置され、社団法人那須商工会議所と称した。

那須商工会議所

 設立当時の組織は左のとおりであり、八五〇名が会員として加入していたのである。



 部会
  (1)商業部会  第一  食品
           第二  その他
  (2)工業部会
  (3)交通部会
  (4)金融部会
  (5)税務部会
  (6)観光部会
 のちに、その中に中小企業相談所が設置されている。商業部会に特に食品部会を設けたところに、この商工会議所と地域の特性が見られよう。
 当時の定款によると「商工会議所は、商工業者の利益を保護増進し、総合的に産業の健全な進歩、発達を図り、以て我国経済の発展と民主化に寄与する。」こととし、その仕事の内容として、
 (1)税務問題の研究指導
 (2)金融問題の打開
 (3)法規の指導
 (4)中小企業相談
 (5)官庁との連絡
 (6)労働問題の研究・指導
 (7)商品の販路
 (8)商工品の宣伝啓発(商工祭・展示会)
 (9)観光事業
などを定めている。
 その後、同会議所は、大田原商工会議所と組織替えをしたり、事務所を現在地の城山一丁目に新築移転などをしながら、順調に発展し、市内の商工業者の指導の中心となっているのである。