第二節 第二次大戦後の物価と市民生活

596 ~ 608
 第二次大戦後の日本経済は、戦争の爪あと深く大混乱に陥ったのである。食料品を始めとする生活必需品の物資不足は言語に絶するものがあり、街角でのヤミ市は、異常な高い値段でも黒山の人が群がった。物価高で生活苦にあえいでいた国民に、進駐軍による皆殺し情報などのデマが飛び交い、国民は生産の意欲を失っていたのである。政府の復興を急ぐための紙幣の乱発は、見る見るうちに物価高に拍車をかけ、インフレーションは激化の一途をたどっていったのである。
 政府もこの緊急事態に対応すべく、同二十年に「食糧緊急措置令」、「物価統制令」などを発したが、全然効果はなかった。ここに、栃木県経済部長名で、各市町村長に発した「本県物価監視委員及同委員会に関する件」の公文書があるので紹介しよう。
 
現下我国経済の速かなる再建をはかる施策の一環として物価統制令が施行されているが、その第二十五条の規定に基き、十月二十五日付本県物価監視委員が、各警察署管轄区域毎に民間から選任された。右は別紙要綱の如く、或は委員として、或は委員会として、国民が自主的に各般の経済統制の監視及調査に当り、その違反の発生防止、時に違反の摘発に従事するものであるから、之が積極的な活動をさしうる様に、何分の御援助御協力方御願申上げる次第である。

(金田・第二一三)

 以上のような趣旨のもとに選任された物価監視委員と委員会は、それぞれ業務を行うわけであるが、ここでは監視委員の業務を次に掲げよう。
 
  物価監視委員の監視調査内容
  一、統制価格の遵守及表示の励行
  二、暴利行為又は不当に高価な取引
  三、正当理由のない抱合せ売買、負担付売買及物々交換行為
  四、不当利益を目的とする売惜しみ行為及買占め行為
  五、其他知事から命ぜられたる事項
(金田・第二一三)

 しかし、こうした中でも、毎日の物価の上昇はとどまるところを知らなかったのである。国民の生活は完全に破たんし、エンゲル係数(家庭支出における食料費の割合)は農家を除いて、五〇パーセントをオーバーした。同二十三年に大田原で調査した結果をみると、給料生活者・労働者・商業者などの主食費・副食費を合わせると、完全に五〇パーセントをオーバーしていることがわかるのである(第5表)。
第5表 一般家庭生計費(大田原町調査)
職業別区分
平均生計費
主食費副食費被服費光熱費住居費雑費負担貯金
給料生活者8,046.052727972253
労働者8,217.0031261145212
農業者3,735.8310212755257
商業者9,742.042731746214
独身給料生活者4,006.6623162221522
備考(1)調査期間 昭和23年7月18日より8月17日の1箇月間
  (2)調査対象 大田原町在住の給料生活者11,労働者14,農家3,商家17,独身者4,合計49世帯。家族数3~7人の家庭であって同居人や病人などのない世帯をえらんだ。
(「私たちの郷土」栃木師範男子部 社会科研究会編)

 また、同二十三年六月・十二月、翌二十四年二月の宇都宮・足利・大田原・鹿沼における生活物資各種の価格をみると、次の表(第6表)のとおりである。物によっては、このわずかな期間にかなりの変動をしていることがうかがえる。
第6表 地方物価調査(自由またはやみ販売)
昭和23年~24年(A…23年6月,B…23年12月,C…24年2月)
品名単位宇都宮足利大田原鹿沼
ABCABCABCABC
白米1升200180160200180185190160130190150150
精米1001009011010010514010090130100100
小麦粉1貫500450400420420450450380400450460450
ダイズ1升170160270220220180120110180170170
アズキ350230230300250300300220200350250250
ジャガイモ1貫806070757075704570655050
サツマイモ6060657550505060
ダイコン1517221515301530102020
サトイモ7065707050606070
ネギ70552040354060305060
牛肉100匁180170170180180170190180160170170170
ブタ肉190190180200200180190210180190180180
みそ1貫300300300330320350380280200300250250
しょうゆ1升1301401308512012016512013011512080
60505035353045504040
さらしもめん1反1,5001,2001,2001,3008001,0001,2001,2001,2001,3001,3001,100
めいせん1,6002,5002,4001,3001,4001,6501,0001,4001,4001,7002,3001,900
綿糸5匁555555603020651010255040
毛糸1ポンド8508508506507004501,0001,2001,500800
学童服1着1,5001,6001,6001,2001,5001,5001,0001,5001,6001,3003,0002,000
ズックぐつ1足450450500500550500450500500500350
じゃのめがさ1本320300350350350350240250300250350350
木炭1俵(15kg)220220270300400350160200250250275250
まき1束353530405570303024305030
自転車1台13,00015,00015,00015,00016,00020,00012,00018,00018,00015,00015,00013,000
(「私たちの郷土」)

 このようなインフレ下の消費生活を、なんとか協同の力によって価格の安定をはかり、毎日の悩みを追放し、また、公平配分によって不平不満をなくしていきたい。こんな願いをこめて、同二十三年十月一日から、「消費生活協同組合法」が実施になったのである。これによって設立された生活協同組合の主たる事業は、物資供給事業・協同利用事業・生活文化事業・共済事業・教育事業などである。大田原においては、それ以前の「産業組合法」に基づく消費組合が組織されていたので、その一部を紹介しておこう。
   大田原町消費組合
一、消費組合の機構
 産業組合法に基づいた「利用販売組合」は政府の認可を要する。又、職域組合(会社等の社員によって作られる)、地域組合であり、町民三、三〇〇戸の中二、六〇〇戸、約八割が加入している。全員加入が最も理想的であるが、大田原は地域組合としては優秀な方である。



二、消費組合の目的
 (1)組合相互の生活安定
 (2)共同購入……安価購入
 (3)燃料の補給
 (4)調味料の補給
 (5)市場価格の索引
三、仕事の内容
(イ)理事――組合員中互選により十六名の理事が選任される。理事の互選により理事長一名が選ばれる。理事長は総ての事務を総合し運営する。専務理事に任せておいて、時にその専務を見る。常務理事一名……常務理事は常に事務所に来て事務を見る。即ち、毎日の組合の経営に最も多くたづさわっているのであるから、事務の中心となる人。理事の職務は事業を経営していく。そして常務理事・専務理事案に対して、他の理事十三名は検討して認可を得る合議制をとっている。

(ロ)幹事――組合員の互選により五名の幹事を選ぶ。常任幹事は、常に事務について理事の行う運営法の手落がないように見守っていく。幹事の職務は事業面に直接関係しないで、経営法を監視の下に組合員の気運にそうように経営していく。

(ハ)職員――理事・幹事の経営案を実際の事業活動に移していくために、職員六名が組合員より雇われる。職員は各部に対して共同責任を負う。即ち、六名が各部に分かれず、その日その日の各部に対して活動にたづさわる。

 輸送部はいうまでもなく、物資の輸送を行う。食品部では、野菜、疏菜類を取扱う。現在は「天ぷら」をしている。燃料部では、薪炭を取扱う。このように組合員の生活安定(安価購入)を計り、又組合の趣旨により、少しでも物価を安くしようとして使用人員を最低限度にきりつめている。

(「大田原町の調査第一集」大田原町社会科研究会)

 以上をみてもわかるように、物価安定にかける市民の願いは切なるものがあり、各種の試行錯誤が繰り返されるが、結果的には、日本の復興事業が、国政や地方公共団体段階で着々と進展していく中で、物価安定をみるのである。つまり、日本経済の活動が着々と正常化してきたことを意味するのである。
 大田原町が、親園村・金田村・野崎村(一部を除く)・後で佐久山町と合併して大田原市として出発した同二十九年ごろになると、戦後の復興も軌道に乗り、物価もやや安定の傾向を示すようになった。大田原市役所調べによるエンゲル係数なども四〇パーセント台に入り、やや落着いた市民生活の様子がうかがえる(第7表)。
第7表 大田原市民の生計費
年別区分食糧費被服費光熱費住居費雑費
昭和28年1世帯当り10,0233,7179011,1875,38721,215
世帯員1人当り2,0057431802371,0784,243
比率44.3%17,5%4.3%5.6%25.4%100%
昭和29年1世帯当り10,4992,4341,2301,2158,31923,697
世帯員1人当り2,1004872462431,6644,740
比率44.3%10.3%5.2%5.1%35.1%100%
昭和30年1世帯当り9,3513,5518421,64210,93826,324
世帯員1人当り1,8077601683282,1885,201
比率35.5%13.5%3.2%6.2%41.6%100%
昭和31年1世帯当り10,7231,8779559439,80124,299
世帯員1人当り2,1083691881851,9274,777
比率44.2%7.1%3.9%3.9%40.3%100%
※雑費中には保健,衛生,交通,通信,教育,娯楽費等掲示費目以外は,すべてこれに含まれている。
(「市勢要覧 大田原」昭和32年)

 また、消費物価市場小売価格については、宇都宮のそれと対比しているので、宇都宮市場と各品目ごとに比較できる貴重なデータである。これらのうち、大田原と宇都宮市場で、大きく価格に格差のある品目を上に挙げてみよう(第8表)。
第8表 大田原と宇都宮の格差の大きい小売価格
単位大田原宇都宮
品目
もち米1升120130
甘藷1貫6045
塩さけ100匁120100
こんぶ80150
干のり150110
かつを節280330
油揚83100
みかん2030
緑茶100150
晒木綿1反250210
富士絹ヤール300330
洋傘1本390470
クリーニング料1枚4025
映画入場料1人5599
(「市勢要覧 大田原」昭和32年)

 全般的に宇都宮の方が大田原に比べて物価は高いという傾向にある。しかし、品目ごとによくみると、価格は、大きくは需要と供給の関係で決まるが、そればかりではなくその他の要素、たとえば物品の仕入れた時期(特に海産物など)や、組合の協定の期日の違い(たとえばクリーニング代など)によっても大きく違う傾向にあることなどがわかるのである。
 その後、日本は所得倍増の経済の高度成長期を経て、各業種における機械化による省力化、コンピュータの開発による事務の能率化などで、余暇の時代を迎え、企業における週休二日制も一般化しようとしている。それと同時に消費生活の面でも、米飯だけではなく学校給食の恒常化に伴い、パン食が家庭内へ浸透してきている。このような諸変化の中で、子どもの体位は毎年向上し、平均寿命は世界有数の長寿国へと発展してきた。今までのような生活程度をはかる尺度も、エンゲル係数のみでは困難で、福祉面をはじめ総合的に検討されている。しかし、質的に、内容的に変容してはいるが、市民生活のバロメーターは、やはり物価と所得とのかかわりである。わたしたちの市民生活の中で、物価に常に関心を払いながら、健全な経済生活をしていくことは、いつでも大切なことなのであり、また尺度の向上ということは、生活の全面的なバランスのとれたものを指し、特に精神面の向上をも伴うべきものであることである。
 参考までに、同三十二年「大田原」による消費物価小売価格(第9表)と、毎日新聞の「各種価格の変遷」(第10表)を掲載しておく。
第9表 消費物価市場小売価格
区分品目単位大田原市宇都宮市
(イ)主食精米1升110110
もち米125130
精麦5555
小麦粉1貫200200
食パン1斤3032
干うどん100匁2020
(ロ)豆類及野菜大豆1合8.5012
小豆1820
甘藷1貫6045
馬鈴薯8080
大根100匁107
ごぼう1515
人参1010
キャベツ107
ねぎ1013
玉ねぎ1010
里いも1012
(ハ)畜産食糧品牛肉100匁180200
豚肉180180
鶏肉150150
牛乳1合1010
鶏卵100匁100110
バター1箱180180
粉乳1缶280280
(ニ)水産食糧品まぐろ100匁8050
ぶり8080
さば3525
いわし3535
いか3525
塩さけ120100
するめ110110
煮干7070
こんぶ80150
干のり150110
(ホ)調味抖醤油1升160165
ソース2合4545
味噌100匁2728
1合1010
かつを節100匁280330
食塩1キロ2020
砂糖100匁5352
食用油1合3533
(ヘ)加工食糧品豆腐1丁2020
油揚100匁83100
こんにゃく1丁2015
竹輪1本910
たくあん100匁1510
梅干10060
かんぴょう10080
(ト)嗜好品りんご2020
みかん2030
サイダー2合3531
緑茶100匁100150
キャラメル1箱2020
清酒1升835835
ビール4合125125
(チ)衣料品晒木綿1反250210
スフモスリンヤール5053
綿ネル9580
人絹地5560
富士絹300330
サージ1米1,4501,480
打綿1貫1,2001,000
綿縫糸5匁1818
毛糸ポンド1,6001,600
男子Yシャツ1枚800800
タオル7050
(リ)建築材料杉角材1石4,0004,000
亜鉛鉄板1枚362365
杉板1坪380410
100匁3238
たたみ表1枚350340
板ガラス4240
(ヌ)燃料木炭1俵420450
まき1束4050
石炭50瓩400500
灯油1升4550
煉炭14ケ220240
(ル)雑品革短靴1足3,0002,800
運動靴280280
洋傘1本390470
半紙1帖107
ちり紙100枚1510
石鹸1ケ3030
クリーム120120
ポマード100100
バケツ100120
マッチ2020
電球6065
脱脂綿50g3535
(ヲ)料金入浴料1回1015
理容料1人140150
パーマネント料500500
クリーニング料1枚4025
映画入場料1人5599
(「市勢要覧 大田原」昭和32年)


第10表 価格の変遷

大正元年………5.3%  昭和26年……… 4.9%
大正10年………5.7%  昭和38年……… 5.0%
昭和10年………4.0%  昭和49年………6.26%
昭和20年………3.3%  昭和54年………5.25%



明治25年 ………67銭  昭和20年…………8円
大正1年 ……1円78銭  昭和30年………845円
大正15年……3円20銭  昭和43年……1,520円
昭和10年……2円50銭  昭和54年……3,150円



明治27年………… 6銭  昭和11年 ………25銭
明治34年…………10銭  昭和21年…………3円
大正8年 …………20銭  昭和28年………100円
大正10年…………35銭  昭和50年………400円



明治43年………… 1円  昭和17年……… 80銭
(1.6キロ)        (2キロ)
大正元年…………60銭  昭和27年……… 80円
(1.6キロ)
大正14年…………50銭  昭和39年………100円
(1キロ)
昭和2年……………1円  昭和49年………220円
(東京市内)
            昭和54年………330円



昭和23年……15,000円  昭和40年…120,000円
昭和25年……40,000円  昭和49年…200,000円
昭和30年……60,000円  昭和54年…270,000円



昭和20年…… 6円50銭  昭和35年…………50円
昭和25年…………30円  昭和40年…………60円
昭和30年…………40円  昭和54年……… 100円



明治41年………… 1銭  昭和25年…………12円
大正11年………… 5銭  昭和29年…………15円
昭和17年………… 7銭  昭和44年…………30円
昭和20年…………20銭  昭和54年…………70円



明治19年………… 3銭  昭和35年………… 60円
大正2年~7年…… 5銭  昭和44年…………100円
昭和1年~5年……10銭  昭和50年…………200円
昭和25年…………30円  昭和54年…………250円



昭和30年……13円50銭  昭和49年…………38円
昭和38年…………18円  昭和50年…………44円
昭和40年…………20円  昭和51年…………50円
昭和45年…………23円  昭和54年…………53円



明治7年 ………2銭2厘  昭和25年………648円
明治28年…………13銭  昭和29年………505円
大正元年…………46銭  昭和37年………460円
昭和19年………… 8銭  昭和43年………580円
            昭和53年……1,080円



明治初期………… 67銭  昭和21年…………17円
大正6年 ………1円36銭  昭和35年……… 590円
昭和2年 ………1円37銭  昭和48年……… 970円
昭和11年………3円60銭  昭和53年…… 1,200円
             昭和54年…… 2,100円



(早稲田大学・文系)
大正14年……… 140円  昭和35年…… 3.6万円
昭和24年…… 8,500円  昭和41年……… 8万円
昭和26年……12,000円  昭和47年………12万円
昭和28年……… 2万円  昭和54年………34万円



明治18年………… 5銭  昭和22年……… 10円
明治39年…………15銭  昭和29年………100円
大正6年 …………15銭  昭和45年………300円
昭和15年…………45銭  昭和54年………500円



昭和初年………… 5円  昭和35年……3,000円
昭和20年…………15円  昭和47年……5,000円
昭和25年……… 800円  昭和52年……8,000円
昭和28年…… 1,800円



大正13年…………46銭  昭和31年……… 95円
昭和6年 …………20銭  昭和38年………245円
昭和14年…………34銭  昭和45年………190円
昭和25年……86円90銭  昭和54年………230円



明治12年…………4銭  大正10年…………10銭
明治20年…… 2銭5厘  昭和1年 …………10銭
明治34年…………4銭  昭和7年 ………… 7銭
明治42年…… 3銭9厘  昭和13年………… 8銭



明治19年……9.6千円  昭和33年………15万円
      (年俸)
大正9年 ………1千円  昭和42年………55万円
昭和6年 ………8百円  昭和48年…… 105万円
昭和21年………3千円  昭和54年…… 155万円



ゴールデンバット
明治39年…………4銭  昭和21年………… 1円
大正6年 …………6銭  昭和23年………… 6円
昭和14年…………9銭  昭和24年…………15円
昭和20年……… 35銭  昭和50年…………45円



(慶応大学・文系)
大正12年……… 120円  昭和36年……… 4万円
昭和24年…… 9,000円  昭和40年……… 8万円
昭和25年……12,000円  昭和48年………12万円
昭和28年……22,000円  昭和54年………27万円



明治12年…………50銭  昭和23年……… 120円
大正元年 ……1円18銭  昭和35年……… 800円
昭和3年………3円10銭  昭和47年…… 4,200円
昭和12年 ……2円20銭  昭和54年……10,000円
 
(「毎日新聞」昭和54年8月24日付)