二十年の風害

669 ~ 671
明治二十年(一八八七)の八月四日、大田原宿の人力車夫が、那須停車場から塩原温泉福渡戸の坂口尾へ客を送って止宿した夜、鑑札、二〇銭銀貨、紙幣や竹こうりなどの盗難に遭遇したことが、大田原警察署長に届けられている(大田原・第八六)。
 この年十二月十二日には、相当の風が吹き荒れたらしく同宿原町結社から次の「風損御届」はともかく、那須野村民二三名から郡長宛に提出された「罹災救助願」(抜粋)に対しては、一戸平均五円内外計一一四円が同月中に給与されている。
 
     風損御届
                                   大田原宿字原町 結社
                                   氏子総代 渡辺長
  下野国那須郡大田原宿三三三五番
   愛宕神社境内
  一 杉一本 目通り五尺四分
        但シ キズ木
  一 松一本 目通り三尺四寸四分
        但シ キズ木
   右者本月十二日大風ニテ吹折レ候間此段御届ケ奉申上候也
     明治二十年十二月十九日
                                   右      渡辺長
                                   右社原村神官 山本
     栃木県那須郡長 安藤小次郎殿
(大田原・第八三)

 
     罹災救助願
                                   那須郡那須野村
                                    三番地  山本六三
(ほか  二二名省略)

右私共儀当原野ニ移住仕候処従来貧困ニテ日雇稼ギ等ヲ以テ漸ク今日ニ糊口罷在候処本月十二日夜暴風ノ為メ一時ニ各自ノ家屋吹キ倒サレ 目下雨露モ相凌ギ兼ネ一同路頭ニ迷居リ候仕合セニ付 何卒別格之御仁恤ヲ以テ別紙小屋掛料御救助ヲ(中略)此之段奉懇願候也

                                 右願人 山本六三
                                     他(略)二十二名
                                 那須野村総代 印南丈作
   明治二十年十二月十六日
(大田原・第八三)