この米騒動に関連して、まず佐久山町役場の「白米廉売ニ関スル書類」(「栃木県史 史料編・近現代三」)から「知事訓示」の要旨を述べる。「幸ニシテ本県下ニ在リテハ皆能ク隠忍自重努メテ産ヲ興シ、静カニ業ニ励ミツツアル」が、陛下からの御内帑金三百万円のうち、栃木県には五万一千円が下賜された。国庫からの支出もあり、廉価販売等の方法で米価調節を図る。米の需給については、秋までの内地米の貯蔵にも余裕があり、鮮米・外米を安価に供給するし、必要があれば米の強制買収を政府も決意しているので、当局者各位も連絡をとりつつ慎重に違算なく対処されたいとのことである。
次に同史料中の、郡長から町村長へ八月十九日に通達された「恩賜金其他ニ依ル救済施設ニ関スル件」(抄文)を掲載する。
記
一、恩賜金及義捐金ハ主トシテ米穀廉売ノ資ニ供セラルヘシ、但シ窮民ニ対シ特別ノ必要アル場合ハ施米ヲ為スモ差支ナシ
二、廉売ノ範囲ハ中流以下トシ、其ノ標準ハ各町村ノ状況ニ依リ一定シ難ク、生活ノ階級ニ依リ廉売ノ程度ヲ異ニスルノ要アルヘシ、見込ニ依リテハ俸給生活者ヲ加フルトモ差支ナシ
(中略)
六、廉売ノ程度ニ就テハ殊ニ考慮ヲ要スヘク、過度ノ廉売ハ反テ後患ヲ貽スノ虞アリ、濫施ノ弊ニ陥ラサル様留意スヘシ、当町村間ノ権衡ヲ得ルニ注意スヘキハ勿論、可成隣接町村間ニ甚シキ懸隔ナキ様注意スヘシ
七、日々市価ノ高低ニ留意シテ、時々廉売ノ程度ヲ加減スルノ要アルヘシ
(「栃木県史 史料編・近現代三」)
なお、栃木県内姿川村では、当初内地米一升二五銭、外米一升一五銭。足利市では一升三〇銭で、八月下旬から九月初旬にかけて販売されているのである(「栃木県史 史料編・近現代三」)。