戦没者慰霊祭

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そして、四月一日「国家総動員法」が公布され、長期戦への体制が固められて行くのである。十九日の創立記念日の大田原中学校では、従来の応接室が英霊室と変えられ、卒業生戦死者一二名がまず合祀された。翌二十日には大田原招魂社(現 護国神社)で、那須郡出身戦没者の慰霊祭並びに皇威宣揚銃後安全祈念祭が催されたのである。この式典に代表生徒が参列した大田原中学・大田原高等女学校では、六月にそれぞれ国旗掲揚塔が改めて建設されたのも故なしではなかろう。