一・一九 NHK「素人のど自慢」はじまる
二・一七 金融緊急措置令公布、即日実施
二・二八 公職追放はじまる
七・二五 はがき、五銭から一五銭に
一一・一六 文部省が当用漢字表・現代かなづかいを告示する
この八月に、金田村青年同志会(会長植木初太郎)は、「国民の喰ふべき食糧の増産と自己の教養を高める」「新目標」を持って進もうと呼びかけ、雑誌「若草」を創刊したのである。この雑誌は第二号から「金青文化」と改題され、金田村青年会・同女子青年会の共同機関誌となり、一、〇〇〇部発行の盛況時もあった。このような青年たちの活動、そして文化的運動は全国的に各所に起こり、祖国の復興の意気に燃え、実行体として特記されるべきことである。が、世情も落ち着いた同二十六年夏季号で惜しくも廃刊となっている。
金青文化
このような農村青年の運動が高まった背景には、GHQの万般にわたる指令・指導によるところが多大であったと思われる。二十一年十二月九日の「農地改革に関する覚書」により、逐次に小作地の解放が実施されてゆき、一月四日の公職追放令などと相いまって、住民の意識も次第に変化したのである。二十一年秋の第二次農地改革によって、多数農民の自立化は、経済面にも精神面でも一層向上しているのであった。