女子の教育

995 ~ 995
封建社会における女子の教育観は、男尊女卑的な考えが支配的であった。すなわち女三従の教えにみられるように幼いころは親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従ういわゆる三従が強いられた。江戸時代後期の庶民階級の女性の教育観から、女性は自我を主張することなく、婚家の家風に適応するように教育されたのである。
 女子には高い文化・教養は認められず、学問はかえって不幸の種とされ、実際生活に必要な裁縫などが教えられたにすぎないようである(「日本教育史」唐沢富太郎)。