小学校の概況

1020 ~ 1031
明治十年(一八七七)、大田原宿戸長より県へ上申された「大田原学校調」がある。この報告書には、学番、学区内人口、学齢児童の就学、不就学者数、生徒各階級人数、学校財産、設備、備品、学校経費の出納、教員のことなどが記入されている。
 この文書によって、明治の「学制期」に開校した大田原地方の小学校の様子をほぼうかがうことができるのである。
 
     第三大区九小区那須郡大田原宿
           九十四番
   第四拾番中学区第九十五番連区小学
           九十六番
  明治六年十二月八日開業 大田原学校
                                       教場拾五ケ所
                男一、五六九人
  学区内人口三千四百七十四人内
                女一、九〇五人
                男  二〇八名
  同学齢人員  四百四十八名内
                女  二四〇名
                男  二〇五名
  同就学人員  三百二十六名内
                女  一二一名
                男    三名
  同不就学人員  百二十二名内
                女  一一九名
     生徒階級
  下等
         男五十五名
  八級九十九名内
         女四十二名
         男五十二名
  七級七十一名内
         女二十八名
         男二十七名
  六級五十二名内
         女二十五名
         男二十四名
  五級三十五名内
         女 十一名
         男二十一名
  四級三十一名内
         女  十名
         男 十一名
  三級 十三名内
         女  二名
         男  一名
  二級  三名内
         女  二名
         男  〇
  一級  二名内
         女  二名
  十四歳以上生徒ナシ、六歳以下生徒八級女三名、日々出席生徒平均三百十八名
    学校所品高
  一附属地一反二畝六歩此代金四円八十八銭
  一田反別一反七畝六歩同 金八円八十八銭
  一家屋三ケ所   同 金百円
  一諸器械百二十二品同 金百十八円五十銭
  一書籍 百八部  同 金九十八円二十銭
  一寄附金高拾円  此寄附   一人
  一保護金四百五拾円九拾銭八厘
   合金七百九拾一円三拾六銭八厘
     明治十年出納調
     入ノ部
  一金三拾三銭三厘    寄附金利子
  一同三拾四円七拾銭三厘 保護金利子
  一同六百四拾三円四拾八銭五厘 学区内
   集金、合金六百七拾八円五拾二銭一厘
     出ノ部
  一金四百二拾五円拾九銭四厘 教員給料
  一同五拾四円        諸給料
  一同百円四拾一銭七厘    営繕費
  一同拾二円         借家賃
  一同九円三拾三銭三厘    薪炭油費
  一同七拾七円五拾七銭七厘  雑費
    合金六百七拾八円五拾二銭一厘
  差引過不足ナシ
  結社村    訓導代勤
                           大田原宿         北城直諒
                           荻野目村  校掌     郷禹門
                           刈切村   一級授業生  久利生松雄
                          合三ヶ村宿  同      北川繁次郎
                                 三級授業生  阿久津虎雄
                                 同      岡玄広
                                 同      武井重直
                                 生長     大田原信衛
                                 同      北城友治
                                 同      伊藤鉄雄
                                 同      阿見鉄雄
                                 同      大嶋国雄
                                 同      印南銀太郎
                                 同      太田吉五郎
                                 同      大塩平作
                                 同      佐藤秀義
                                   外ニ小使 鈴木政八
    寄附物品
  一即金寄附金拾円 寄附人 若色良譲
  右者明治十年学事年報取調候処書面之通相違無之候也
    明治十年一月三十一日                      副戸長 相原寿延
                                    戸長  西海石邦三
(大田原・第八六)

 まずこの学校は、「第四十番中学区第九十四番九十五番九十六番連区小学大田原学校」となっている。学制の実施により、学区が設定された後に学区併合のあったことを示している。これは学校が洞泉院にあって、寺院所属の家屋の一部を借り受けて校舎としていたころである。
 就学児童は三二六名で、うち男二〇五名、女一二一名、不就学数は一二二名で、うち男三名、女一一九名である。女子に不就学者の多いことが目だっているが、この傾向は全国的に見ても同じで、女子の就学率は非常に低く、これは女子に対する教育観や経済的、社会的風潮を反映しているものである。特に上級にすすむにしたがって生徒数が減少しているのは、不就学者の多いのと同じで、いろいろな事由から学校を途中でやめていったものと思われる。
 しかし、全体として就学者が不就学者を超えているということは、全国的にみても就学状況は良かったといえるのである(第4表)。また、日々出席生徒平均数三一八名は出席率九七パーセントにあたり、全国の七〇パーセント台をはるかに超えており、これは学事関係者の督学の努力と、地区の人々の教育への理解や必要感が深まりつつあったことを示すものである。
第4表 栃木県の児童就学率
年次男子女子平均
明治六年三一・二一三・五二三・三
〃七五九・四二二・五四一・八
〃八六八・三二六・四四七・三
〃九六七・三二九・四四九・一
〃十六一・五二四・三四三・三
(「栃木県教育史」)

 学校経費の出納状況を見ると、収入は学区内集金が最も多く六四三円四八銭五厘であり、そのほか保護金利子・寄付金利子を合わせて六七八円五二銭二厘である。支出は教員の給料が多く、資格に応じて支給されている。教職員についてみると、訓導代勤ほか授業生(後の助教諭)・生長(級長のようなもの)を含めて一七名である。そして授業生・生長ともに月給が支給されていた。校掌は学校事務担当者である。
 明治十一年五月栃木県は「栃木県小学一覧概表」を発行した。これは同十年末における県内小学校の実状を集計したものであり、大田原地方に関係するものは第5表のとおりである(大田原近隣を含む)。
第5表 明治一〇年の小学校一覧
小学区番号校名位置開業学区内人員同就学人員
同学令人員同不就学人員
第七十八番金丸舎南金丸村同七年十二月八二八七〇
四〇九五二
四一九一八
一三六六六
七二二〇
六四四六
第七十九番正風学校新宿村同七年四月九五〇五二
四七二四三
四七八
一四七九四
七四三一
七三六四
第八十番咲山分校蛭畑学校蛭畑村同九年五月二〇二二四
九八一七
一〇四
三三
一九
一四
第八十四番成山分校福原学校福原村明治八年三月七〇六四七
四〇一三一
三〇五一六
一二〇七三
五八二七
六二四六
第八十五番同分校宇田川学校宇田川村同七年四月七一四五四
三八八三五
三二六一九
一二一六七
六〇二五
六一四二
第八十六番親園学校親園村同九年九月一、〇四二一一八
四九三一〇〇
五四九一八
二〇五八七
一〇六
九九八一
第八十七番八十八番咲山学校佐久山宿同七年二月一、八八二一七九
九三五一一九
九四七六〇
三三八一五九
一六九五〇
一六九一〇九
第八十九番同分校河戸学校下河戸村同八年五月八一〇七一
四〇八五三
四〇二一八
一三八六七
八七三四
五一三三
第九十番松柏学校成田村同八年四月六九五六〇
三五四四七
三四一一三
一二一六一
六四一七
五七四四
第九十一番咲山分校薄葉学校薄葉村同七年四月五八二六八
二八六五一
二九六一七
一〇二三四
五五
四七三〇
第九十二番石上学校下石上村同七年九月七九五五六
四〇一四四
三九四一二
一一二五六
六二一八
五〇三八
自第九十四番
至第九十六番
大田原学校大田原村同六年十二月三、四七四三二六
一、五六九二〇五
一、九〇五一二一
四四八一二二
二〇八
二四〇一一九
第九十七番同分校育養学舎小滝村同七年一月五一六七四
二六六四一
二五〇三三
八三
四二
四一
第九十七番同分校益才学舎奥沢村同七年四月五一六四四
二六九三五
二四七
七三二九
四三
三〇二一
第九十八番汎愛学校中田原村同十年二月八九五二七
四四二二五
四五三
六八四一
五三二八
一五一三
第九十九番添智学舎市野沢村同七年五月一、〇一七七六
五一六六二
五〇一一四
一二四六六
七四一二
六八五四
第百四番日新館分校羽田学校羽田村同八年七月二二六二一
一一三一二
一一三
三三一二
一六
一七
 
校名生徒階級学資金歳出入教員学区内町村
下等小学上等同校掌
金丸舎八級五二四級積金一一六円四銭三厘二毛藪惣之助
七〃三〃八円二九銭二厘三毛南金丸村
六〃二〃一一六円四銭三厘二毛土屋鋼北金丸村
五〃一〃
正風学校八級三一四級寄附金八一五円七二銭九厘七毛原蕃次郎片府田村
七〃三〃二、七七六円六一銭新宿村
六〃二〃八〇八円九八銭七毛深沢政十郎倉骨村
五〃一〃蛭田村
咲山分校蛭畑学校八級一五四級寄附金一六四円三二銭四厘七毛蛭田村
七〃三〃一、〇八〇円六二銭
六〃二〃一五五円七五銭三厘六毛吉成喜十郎
五〃一〃
成山分校福原学校八級一九四級寄附金一三五円七〇銭
七〃三〃一、〇二七円福原村
六〃二〃一一二円五厘九毛萩原新吾大神村
五〃一六一〃
同分校宇田川学校八級一五四級寄附金一二二円六八銭八厘六毛代田有善
七〃一四三〃九六七円七〇銭花園村
六〃二〃一一八円二一銭七厘田村直三郎宇田川村
五〃一二一〃
親園学校八級七六四級寄附金二三六円四九銭六厘親園村
七〃一五三〃二、二〇〇円実取村
六〃二一二〃二一六円二一銭六厘高瀬伝作滝岡村
五〃一〃
咲山学校八級八五四級一八寄附金四六四円六二銭三厘五毛小室重弘佐久山村
七〃二六三〃一八三、九六一円八銭滝沢村
六〃一四二〃四五七円六八銭七厘一毛関谷文次藤沢村
五〃一三一〃
同分校河戸学校八級四九四級寄附金一一一円六七銭二厘下河戸村
七〃一三三〃一、〇〇〇円六三銭上河戸村
六〃二〃九一円五二銭七厘軽部金八郎和田村
五〃一〃
松柏学校八級三七四級寄附金一七六円四銭五厘金子金松
七〃三〃一、四八六円成田村
六〃二〃一七五円五〇銭五厘七毛小川三平豊田村
五〃一〃
咲山分校薄葉学校八級三二四級寄附金一二七円五〇銭六厘六毛安西佐藤次
七〃一五三〃一、二〇〇円薄葉村
六〃二〃一二一円三〇銭七厘印南彦作平沢村
五〃一三一〃
石上学校八級四四四級寄附金 一、〇〇〇円一四一円七一銭四厘一毛伊沢陸郎次
七〃三〃積金 八〇円上石上村
六〃二〃保護金 一六円三五銭三厘一四一円七一銭四厘一毛橋本新平下石上村
五〃一〃
大田原学校八級九九四級三〇寄附金 一〇円六七八円八五銭四厘北城直諒大田原村
七〃八一三〃一三保護金荻野目村
六〃六二二〃四五〇円九〇銭八厘六七八円八五銭四厘郷禹門刈切村
五〃三五一〃
同分校育養学舎八級五三四級保護金九三円一九銭六厘
七〃三〃三六円小滝村
六〃二〃九三円九銭六厘竹内尊推乙連沢村
五〃一〃
同分校益才学舎八級一八四級保護金六九円四六銭奥沢村
七〃一一三〃三五円八〇銭上奥沢村
六〃二〃六九円四六銭高橋瀬平鹿畑村
五〃一一一〃大和久村
汎愛学校八級一七四級保護金七五円八二銭九厘四毛中田原村
七〃一〇三〃九六円四四銭荒井村
六〃二〃七五円八二銭九厘四毛磯初太郎町島村
五〃一〃戸野内村
岡村
今泉村
添智学舎八級五〇四級八級保護金一七三円一九銭二厘絹川熊四郎市野沢村
七〃三〃一〇七円三九銭一厘練貫村
六〃二〃一七三円一九銭二厘船山源吾富池村
五〃一〃久保村
日新館分校羽田学校八級一三四級寄附金 二一三円七三円三五銭三厘五毛
七〃三〃積金 一二八円六八銭七厘五毛羽田村
六〃二〃六九円五九銭一厘藤田庄左衛門野間村
五〃一〃保護金 四〇円