正確には、西郷元帥神霊分社と称する。従道侯が明治三十五年(一九〇二)七月十八日死去された時、東京目黒の庭園には天照皇大神宮を祭る神社があり、従道侯死去によりその神霊はその中に合祀された。当加治屋の西郷神社はその分社として、従道侯のなくなった翌年の命日に当たる明治三十六年七月十八日、西郷農場ゆかりの人々の手によって建立されたのである。
そうして祥月命日のちょうど一か月おくれの八月十八日を神社の大祭日に決められた。ほこらはすべて石造りで柱・壁・屋根に至るまで彫刻がほどこされている。
御神体は、白さやの短刀一ふり、防寒用長靴一足、狩猟用上着一着で、大祭日にはほこらに安置される。
そうして祥月命日のちょうど一か月おくれの八月十八日を神社の大祭日に決められた。ほこらはすべて石造りで柱・壁・屋根に至るまで彫刻がほどこされている。
御神体は、白さやの短刀一ふり、防寒用長靴一足、狩猟用上着一着で、大祭日にはほこらに安置される。
(「加治屋郷土誌」)