もと福原領佐久山町のものである。江戸時代中期の検地帳と名寄帳、廃藩置県となる直前の名寄帳と地租改正直前の地券の証である。これらの文書により佐久山町の当時の土地に関する状況、及び福原氏の家臣に対する給付の様相が知られる。それは一定の土地収入をもって、これにあてた知行給付制を採っていたことである。なお、それが領主直属の各種職人に対しても同様方法で行っていたことがわかる。また、土地に関しては、普通田畑共五品等制であるのに、ここでは七品等制となっており、これはきわめて珍しく、これによって、福原氏の領内統治の一端を知ることができる。また、地券の証は、当時土地に対する税負担の義務を負うていたものに、その土地の所有権を認めた権利確認書である。その後地租改正が行われ、精細な土地測量と所有権の確認がなされ、それを土地台帳に記載されたため、この地券は必要でなくなった。しかし、当時の時代変換期の土地制度を知る重要な文書である。いずれも当市内に於ける土地制度、領主統治方法を知る貴重なる文書である。
延宝六年(一六七八)佐久山地検帳 五冊
〃 名寄帳 三冊
貞享元年(一六八四)佐久山町河原山野検地帳 一冊
宝永三年(一七〇六)佐久山町松原田地検地帳 一冊
明治三年(一八七〇)佐久山町田地名寄帳 一冊
明治三年(一八七〇)佐久山町午改田成名寄帳 一冊
明治三年(一八七〇)佐久山町山野名寄帳 一冊
明治六年(一八七三)佐久山町公有地地券之証 一冊