警察活動と犯罪件数

1491 ~ 1495
「栃木県警察史」によれば、明治初期の警察には「探索方」・「探偵方」の制度があり、刑事警察として捜査を専務とする係が設置されていた。これが警察組織の中に係として定められたのは同十五年(一八八二)で、「栃木県警察事務規程」の中に、「署務ヲ分チ三掛トス。常務掛、捜査掛、会計掛」が規定されている。また、同二十六年(一八九三)には「警察署警察分署処務細則」を定め、巡査の勤務を分けて内勤・外勤・予備・捜査専務の四係としている。
 明治・大正期の警察任務は、刑事警察のほかに保安・防犯警察としての違警罪、今日でもみられる風俗営業取締り、衛生警察活動として伝染病の防疫活動、交通警察としての交通取締り、消防活動としてのその指揮監督、治安警察として社会運動の取締り等と警察の任務は広範囲に及ぶものであったのである。
 こうした職務遂行のために、大田原警察署内にも殉職された探偵吏・巡査がいる。
 大田原警察署  探偵吏 松本忠直
 松本探偵吏は大田原町に生まれ、明治十三年(一八八〇)二月、大田原警察署の臨時探偵吏となった。同十五年(一八八二)八月、窃盗犯捜査のため単身那須村湯本に向け出発、途中現那須町広谷地の山道の路傍の一軒家で、十数名が賭博に打ち興じているのを現認、うち一名をその場で逮捕し、連行中博徒の襲撃にあい殉職した。公務遂行のために一身を顧みず、旺盛な責任感と使命感をたたえて、大田原神社境内に殉職碑が建てられている。
 なお、松本探偵吏は栃木県警察創設以来の最初の殉職者であったのである。
 大田原警察署  巡査 堀江治
 堀江巡査は烏山町に生まれ、邏卒と称していたころから大田原警察署に勤務していた。明治十八年(一八八五)九月、那須疏水工事が竣工し、北白川宮殿下の御臨席を仰ぎ、東那須野村大字東小屋(現 黒磯市東那須野)で開通式が挙行されるための警備の任にあたった。たまたま金田村大字中田原地内で、三人の強盗犯人と思われる賊の凶刃により殉職したのである。
 大田原警察署黒羽分署  巡査 山地勝
 山地巡査は香川県出身で、明治十六年(一八八三)五月栃木県巡査となり、黒羽分署勤務となった。同二十年(一八八七)、川西町に腸チフスが発生して患者が続出した。山地巡査は命を受けて腸チフスの防疫活動に従事したが、自分も感染し、治療のかいなく、同年十月殉職したのである。町民は信頼厚い山地巡査の死を悲しみ、川西町常念寺境内に碑をたてて感謝の意を表したのである。

 時代の推移により、警察制度も変遷し、それに伴って警察活動も変わってきた。第二次大戦前行われていた防疫・医療・保健等の衛生行政全般を主管する衛生警察の分野としての防疫活動や、警察行政の重要な役割を占めた消防組織と運営についても、大戦時には警察の指揮監督下からはなれるなどしたが、終戦を期して大きな変革がみられたのである。
 つぎに、明治二十二年(一八八九)、同二十三年の大田原警察署および大田原町の盗難件数やその被害額種別、昭和三十年より同四十七年に至る五年ごとの大田原市における犯罪数、交通事故発生件数、および同四十七年の市内地区別交通事故発生状況等を、「栃木県統計書」、「大田原市市勢要覧」等により作成したものを次に記す。
 時代と共に社会状勢は変化し、犯罪数は年々増加している。また、戦後は交通機関等の著しい発達に伴って、交通事故も急激に増え、交通戦争という言葉が生まれるほどになってきているのである(第40表)。
第40表 市内地区別交通事故発生状況等
一、盗難ニ罹リシ家屋船舶及人員
署名明治年次強盗ニ遭イシ家窃盗ニ遭イシ家強窃盗ニ遭イシ家追剥ニ遭イシ人掏模拐帯誆騙等ニ遭イシ人
総数総数
大田原警察署二二二三五五一四一三八
二三二四七八〇四五四二
再掲
大田原町
二二三三
二三三三
(「栃木県統計書」)

二、盗難ニ罹リシ財産ノ価格
署名明治年次総数貨幣穀類
円 銭厘円 銭厘円 銭厘
大田原警察署二二三、三七七、二三四一、二八四、六三四二〇二、六四一
二三三、四〇四、一一四一、二七三、一八四五七八、五九七
再掲
大田原町
二二二四八、〇四九一二三、三五三
二三三五三、六七七一六二、一七〇二五、四六五
 
署名明治年次衣類家畜雑品
円 銭厘円 銭厘円 銭厘
大田原警察署二二一、一一八、九七三三九、〇〇〇七三一、九八六
二三六五一、三九六五〇、〇〇〇六五〇、九三七
再掲
大田原町
二二七八、八四一四五、八五五
二三一一一、四三二五四、六一〇
(「栃木県統計書」)

三、昭和三〇~四七年の大田原市における犯罪数
(経済犯罪は三〇年のみ)
昭和年次区分兇悪犯粗暴犯窃盗犯智能犯その他経済犯罪
殺人強盗強姦放火暴行傷害恐喝詐欺横領食糧管理法
三〇年件数一六三五一三八四四五二〇七三四六
人員一八四二一六八七四七二一一七六三六
三五年件数三八二四四三一一〇四〇
人員三八二一〇三一一〇三九
四〇年件数一〇一八四七七六九四〇一一一七五
人員一七四六四三六四〇一〇一七四
四五年件数二四六九八二二二五
人員二四四五〇一〇三三
四七年件数二三一四四七二二二二八
人員二〇一三二四一一一一八
(「市勢要覧 大田原」、「市勢要覧 おおたわら」)

四、交通事故発生件数
区別昭和年次総数乗合自動車乗用車貨物車その他の自動車軽自動車原動機付自転車自転車その他
特殊普通小型大型普通小型
大田原市三〇年五〇三〇
三五年九四三四二六一九
四〇年一八六三三二〇五八三五三八
四五年二六七一三二六五二一一七二八
四七年三五八一七二九七三三三六一五
(「市勢要覧 大田原」、「市勢要覧 おおたわら」)

五、地区別交通事故発生状況
地区大田原金田親園野崎佐久山合計
昭和四七年一月~一二月一八七八七一六五七一一三五八
(「市勢要覧 おおたわら」)