第2トレンチ

23 ~ 24
 雑木林中にL字状に設定。東へ延びる方をA,北へ延びる方をB区とし,B区先端部分を拡張した。A,Bとも長さ10m・幅1.5mとしたので〝L字〟の内側の長さは8.5mである。
 A区
 第3層から堀之内式,第5層から阿玉台式土器片をそれぞれ出土した。
 B区(第7図=第2号住居址)
 第3層下部から第4層上部にかけて阿玉台式土器片約50片が出土,一部では第5層でも出土した。南よりのA区と連結部に近い部位でローム面に土壙開口部が見つかった。口径約190cm,底までの深さ約100cmで内部で段差があって穴が不整形に狭ばまり70×85cm程となる。内部からの出土遺物はなかった。この少し北側で第3層に炭化物と焼土の広がりがみられた。
 B区の先端部分で,ローム面に土壙が見つかった。開口部は50×50cmのほぼ円形で深さ100cm,開口部にかかって不整形の厚い焼土層(図中のドット部分)が現われ,最大径150×180cmほどの範囲に及んでいた。そこでこの一帯を拡張して掘り下げたところ,同じ面に柱穴と思われる小ピットが点在していることがわかりこの一角より浅鉢型土器個体が出土した。プランを確認することはできなかったが,このような状況から住居址であろうと判断され第2号住居址と命名された。掘り込み面は該期の生活面とみられる第3層下部ないし第4層上部で,ローム上面を床面としており,焼土は床面に広がっているもので,プランは直径約5.4mの円形を呈するものであろうと推定されたのであった(第7図)。

7図 T2―B区第2号住居址