1 上滝村・下滝村

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上滝村は山内源七郎の知行地で四百二十石である。下野宿町村支配者要覧(徳田著)(以下『要覧』)によると、江戸初期から幕府の直轄地(天領)で、天保の頃は北条雄之助の支配であつたという。
 下滝村も山内源七郎の知行地で三百八十六石余である。『要覧』によると、寛永の頃から天領であつた。
(注)明治七年ごろ上と下の両村が合併して北滝村と改めた。滝村と総称したこともある。


北滝の集落景観

 滝村について、安政二卯年(一八五五)三月、組合村(組合高壱万三千弐百三拾七石七斗三合弐勺三才 大関信濃守領分 寄場 黒羽町 外四拾八ヶ村)の記事(以下『安政書上』)がある。参考までに誌しておく。
          御代官大竹左馬太郎支配所
              野州那須郡
                 瀧村
一高四百九拾六石六斗八升弐合
  家数 四拾八軒     江戸迠道法
               三十七り
  人別 男百廿三人
     女 百廿七人 馬拾疋
一農間餘業無御座候 并産物等無御座候
一那珂川東附之居村ニ御座候