1 那珂川水運

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藩政時代黒羽町の林業が盛んになったのは大関家の育成奨励策と、林地の肥沃の外に大需要地江戸に木材を送る那珂川水運が存在したためである。黒羽町並に流域各町村の産業物資と、生活必需物資の大半はこの水路を利用した。今日我々の驚くことは遠く会津藩・白河藩の江戸への廻送米まで本水路を利用している。本町の河岸は、黒羽向町魚市場の上下に上河岸・下河岸があった。尚黒羽・那珂湊二十二里の間に、河岸は三十八箇所あった。