(3)黒羽藩益子陣屋荷物運送

440 ~ 443
    柳林河岸取調書
 (表紙)
 「嘉永四亥年十月
   益子御陣屋元并河岸々取調書写
                 役所」

 (本文)
一 柳河岸阿久津半兵衛へ直段ニて此度新法ニ定法請書取定候、左之通り、
  但江戸迄也
   米百俵  但御手船ニて
    此駄数  五拾駄
     此目方  千八百貫目
    右之運賃 金三両也
     但三月十日より十月十日迄 夏川
      十月十日より三月十日迄 冬川
    右は何荷物ニても金三両ニ付目方米同様千八百貫目之割合也
     但冬川目方同様ニて役荷物代金三両壱分
     夏川より金壱分増也
    右は定例の運賃に御座候
     但日数 夏川十五日
         冬川 廿日
一 同所より上急キ時、船ニて風雨共見込、夏川出帆より日数十二日目江戸着、冬川出帆より日数十五日目江戸着船ニて、運賃増銭左之通

  米百俵ニ付  目方千八百貫目
    金弐分弐朱増
但御定ヨリ日数一日後レハ金弐朱、二日後レハ壱分之割合を以、船賃之内より減し相渡、何日ニても右之振合ニ相定

一 同所新船打立之節は、先規の通、小道具代金壱両ト銭四拾九文御下之事
一 同所中通運送日数
    夏川 出帆より十五日目江戸着
    冬川 出帆より廿日目江戸着
   但、運賃何品ニても米同様之目方ニて
    引方致し候筈也、味噌炭何品ニても前同断運送之筈
一 同所ニて真木 千束 但 長さ弐尺六寸より八寸迄 縄尺廻り弐尺八寸之定
   右買入直段左之通、尤楢
    冬買入 千束ニ付 金五両壱分
    夏買入 同断ニ付 金五両弐分弐朱
   但、本数八本迄は本来之訳、九本より上は直段ニ相成
一 同所雑木 千束 但尺廻り共同様
    春買入 金三両三分弐朱也
    冬買入 金三両弐分弐朱也
但、八本迄右同断、壱束九本結より十本余ハ、真木ニ相成候ハヽ、千束ニて代金壱分落之直段ニ相定、尤楢雑木共右之振合

但、右之真木三束ニて納薪一把ニ成ル積り、納薪千束本直ニて、〆金弐拾弐両弐分ト永弐百弐拾三文

一 柳河岸より久保田迄、米炭薪共、拾五駄ニ付運賃
   代三百八拾八文つゝ
   粮米四升四合つゝ
    此代三百弐拾九文 但、両ニ八斗之直段
    〆銭七百弐拾壱文つゝ 但、壱駄ニ付四拾六文弐分つゝ
一 久保田河岸より請書左之通
   御手船     高瀬船壱艘
     此積高諸荷物百弐拾五駄、運賃金四両ト銀拾匁
      但、壱両ニ付三拾五駄之割、はしけ賃、粮米共
       但、かし船、御手船無之ニ付、雇船相成候故、延日相成候事
一 上急キニて右之駄数江戸着、左之通
    日数 冬川十月より三月迄十日目限此増金三両壱分ト銀五匁
   但、元船賃共打込合て壱駄ニ付銀三匁六分之割
   百俵之駄数ニ〆五拾駄也
    此金三両ニ成ル割合
右は風雨打込、無延日、若一日後レハ壱駄ニ付銀三分つゝ引、其余は右之割合を以引落し、十五日以上右増金頂不申候事

一 夏川 四月より九月迄
   日数八日目限着
    此増金弐両ト銀五匁
   但、元船賃打込壱駄ニ付銀三匁
    元船賃共〆壱駄ニ付銀三匁割
右同断、若一日後レ候節は、壱駄ニ付銀弐分つゝ引、其余割合を以引落、惣日数十三日以上増金頂不申

一 御手船並  但増金無之事
   此日数 冬川 十七日限り
       夏川 十五日限り
右風雨打込、無延日、尤元船賃は引方無之、日限延日相成候節は船中不時故障御座候儀ニ付、其所之村役人見届、以書付御届可申上候

一 諸材木  前同断之駄数
    此船賃 右同断
    諸式同断
一 雇船壱艘ニ付 米五拾駄積百俵也
    此船賃金弐両弐分
右は先年御定壱両ニ付三拾弐駄之割之処、廿ケ年巳来賃銀引上ケ御定ニては積船無御座候事

一 炭百俵ニ付
    此賃銀是迄之通、金三分弐朱ト銀弐匁四厘五毛
     但、壱両ニ付百拾俵之割
一 御薪百束
    此賃銀是迄之通、金壱両也
右上急被仰付候節雇船ニて、江戸着、此日数冬川十日目限り立切船積入、元舟賃増金とも壱駄ニ付、銀四匁六分之割

 右風雨打込、無延日、一日後レハ御手船同様引方可仕候事
    夏川同断、八日目限り、壱駄ニ付銀四匁割
    右引方御手船同様
一 御手船打替、小高瀬船ニ相成候節、右之割合を以御勘定被下置候筈
一 御出役様御泊り、壱宿代百弐拾四文
一 楢真木 千束
    十二月より正月迄、当河岸ニて、御買上ケ、金六両三分より金七両迄
一 雑木真木 千束
    年々月割同断、金五両より五両壱分
一 上川より乱束乱俵は、積返候筈、此方より品改積出し、江戸河岸上り乱束乱俵は、御積戻可被下候

一 艀船弐艘、為式金弐拾五両、無利足ニて御貸附相成候節は、何時ニても御差支無之相勤可申、尤雑木諸道具類一切願不申、且御見合相成候節は、右之元金返納可仕候

右之振合ニて被仰付候は御請可仕候事
   二月廿三日
                     久保田河岸
                      宮田権兵衛印
 右は、嘉永四亥年二月 津田武前出役取調書之写也
(益子、日下田実家文書)