21 作新館の訓育方針

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何陋館の創立は、皇道精神の涵養にあったから、尊皇愛国を訓育の中核とし、文武の両面から士道の錬成を図った。藩主増裕もこの伝統を守り、赤心報告を作新館の校訓として学頭三田地山に書かせて掲示した。猶、増裕は前進して、尊皇開国論者となった。かの戊辰戦争において、奥州と隣接地域を占める黒羽藩の殊勲甲をかち得たのは、その実績を如実に物語るものである。
  文献(栃木県教育史・栃木県地方の教育機関〈女子師範学校編〉)