この歌仙興行に参加した人たちは、芭蕉・曽良・秋鴉(浄法寺図書)・翠桃・翅輪(津久井氏)桃里(余瀬の本陣問屋蓮実伝之丞政長)・二寸(森田氏)の七人であった。このうち翠桃・桃里・翅輪・二寸の四人は余瀬の住人で、翠桃を中心とした俳諧仲間である。芭蕉の歌仙に参加できるほどの、俳諧の力量があったわけで、当時のこの地における文化の程度も推察することができよう。
さて、歌仙とは連句(俳諧の連歌)形式の一つで、三十六句からなるものをいう。この名称は、藤原公任が選定した、柿本人麿以下の和歌の三十六歌仙に由来するといわれている。連歌全盛期には百韻を普通としたが、蕉風確立以後は量より質への変化で、三十六句の歌仙形式が圧倒的に多くなった。
この三十六句を、二枚の懐紙の表裏に書いて一巻とするのである。一枚目に初表(しょおもて)六句、初裏(しょうら)十二句、二枚目すなわち名残表(なごりのおもて)十二句、名残裏六句を書く。(「秣おふ」の歌仙形式に示す。)
「秣おふ」の歌仙形式 |
呼称 | 作品 | 解説 | |||||
折 | 表・裏 | 句 | 季 | 季語 | 座 | ||
初折(しよおり) (一の折) | 表(おもて) (初表(しよおもて)) | 発句(ほつく) (立句) | ① 秣(まぐさ)おふ人を枝折(しおり)の夏野哉 | 芭蕉 | 夏 | 夏野 | 四句目 月の座 |
脇 | ② 青き覆盆子(いちご)をこぼす椎の葉 | 翠桃 | 夏 | 覆盆子 | |||
第三 | ③ 村雨に市のかりやを吹(ふき)とりて | 曽良 | 雑 | ||||
四句目 | ④ 町中を行川音の月 | ばせを | 秋 | 月 | |||
五句目 | ⑤ 箸鷹(はしたか)を手に居(すゑ)ながら夕涼 | 翠桃 | 夏 | 夕涼 | |||
六句目 (折端(をりはし)) | ⑥ 秋草ゑがく帷子(かたびら)はたそ | ソラ | 秋 | 秋草 | |||
裏(うら) (初裏(しようら)) | 初句(しよく) (裏移(うらうつり)) | ⑦ ものいえば扇子に皃(かほ)をかくされて | ばせを | 恋 | 十一句目 花の座 ・ 九句目 月の座 | ||
二句目 | ⑧ 寝みだす髪のつらき乗合 | 翅輪 | 恋 | ||||
三句目 | ⑨ 尋(たづね)ルに火を焼付(たきつく)る家もなし | 曽良 | 雑 | ||||
四句目 | ⑩ 盗人(ぬすびと)こはき廿六の里 | 翠桃 | 雑 | ||||
五句目 | ⑪ 松の根に笈をならべて年とらん | ばせを | 冬 | 年 | |||
六句目 | ⑫ 雪かきわけて連歌始(はじむ)る | 翠桃 | 冬 | 雪 | |||
七句目 | ⑬ 名どころのをかしき小野の炭俵 | (輪?) | 冬 | 炭俵 | |||
八句目 | ⑭ 碪(きぬた)うたるゝ尼達の家 | 曽良 | 秋 | 碪 | |||
九句目 | ⑮ あの月も恋ゆへにこそ悲しけれ | 翠桃 | 秋・恋 | 月 | |||
十句目 | ⑯ 露とも消(きえ)ぬ胸のいたきに | 翁 | 秋・恋 | 露 | |||
十一句目 | ⑰ 錦繍に時めく花の憎かりし | 曽良 | 春 | 花 | |||
十二句目 (折端) | ⑱ おのが羽に乗(のる)蝶の小車 | 翠桃 | 春 | 蝶 | |||
二の折 (名残) | 二の表 (名残の表(なごりのおもて)) | 初句 (折立(おりたて)) | ⑲ 日がささす子ども誘(さそう)て春の庭 | 翅輪 | 春 | 春の庭 | 十句目 月の座 ( 有明の月 ) |
二句目 | ⑳ ころもを捨(すて)てかろき世の中 | 桃里 | 雑 | ||||
三句目 | 21 酒呑(のめ)ば谷の朽木も仏也 | 翁 | 雑 | ||||
四句目 | 22 狩人かへる岨(そば)の松明(たいまつ) | 曽良 | 雑 | ||||
五句目 | 23 落武者の明日の道問(とふ)草枕 | 翠桃 | 雑 | ||||
六句目 | 24 森の透間(すきま)に千木(ちぎ)の片そぎ | 翅輪 | 雑 | ||||
七句目 | 25 日中の鐘つく比(ころ)に成(なり)にけり | 桃里 | 雑 | ||||
八句目 | 26 一釜の茶もかすり終(をはり)ぬ | 曽良 | 雑 | ||||
九句目 | 27 乞食ともしらで憂世の物語 | 翅輪 | 雑 | ||||
十句目 | 28 洞(ほら)の地蔵にこもる有明 | 翠桃 | 秋 | 有明 | |||
十一句目 | 29 蔦の葉は猿の泪(なみだ)や染(そめ)つらん | 翁 | 秋 | 蔦 | |||
十二句目 (折端) | 30 流人(るにん)柴刈(かる)秋風の音 | 桃里 | 秋 | 秋風 | |||
二の裏 (名残の裏(なごりのうら)) | 初句 (裏移) | 31 今日も又朝日を拝む石の上 | 蕉 | 雑 | 五句目 花の座 | ||
二句目 | 32 米とぎ散(ちら)す滝の白浪 | 二寸 | 雑 | ||||
三句目 | 33 籏の手の雲かと見えて飜り | 曽良 | 雑 | ||||
四句目 | 34 奥の風雅をものに書(かき)つく | 翅輪 | 雑 | ||||
五句目 | 35 珍しき行脚を花に留置(とめおき)て | 秋鴉 | 春 | 花 | |||
挙句(あげく) (揚句) | 36 弥生暮(くれ)ける春の晦日(つごもり) | 桃里 | 春 | 弥生 |
このように連句では、五七五の長句と、七七の短句とが交互につながって、そのつながりを「付け合い」といっている。これには制作上いろいろな規則(式目)がある。その根本は『連歌新式』に示されてあるが、蕉風の付け合いは「匂付(においづけ)」と称し、貞門や談林に比して芸術的に洗練されたものとなっている。その特色は、匂(におい)・響(ひびき)・移り(うつり)・位(くらい)・面影(おもかげ)などで、前句のもつ風韻、情調、品位等に応じて句を付けるわけである。