(2)磯上の神楽

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磯上(いそがみ)の『太々神楽』は、両郷(りょうごう)(磯上)の上講中の手により、明治十年(一八七七)の頃から伝承してきた『岩戸開き(いわとひらき)』を中心の演目とする太々神楽である。この神楽は、近世のころから実演されていたという古老があるが定かではない。

岩戸開きの舞

 村の鎮守の秋祭りに豊年満作を祝って奉納されたものだという。しかし昭和四十四年(一九六九)九月の奉納後はその姿を消してしまった。いつの日か里人の手によって再興が望まれる。
 現在、神楽面、太鼓、笛、鉦、衣装などが残されている。これらは先人の遺産としていつまでも保存したいものである。

神楽の面1


神楽の面2

 伝承によると、『磯上神楽』の修練には、厳しさが望まれ、若者たちは寒中でも流れの中に身を置き、身も心も潔(きよ)めてから、作法に則って練習に励んだという。
 上演種目は次の通りである。
 ①幣の舞
 ②先三番
 ③天狐
 ④長刀舞
 ⑤千穂
 ⑥岩戸開
 ⑦剣の舞
 ⑧大蛇
 ⑨五穀増産
 ⑩種蒔の舞
 ⑪弓の舞
 ⑫恵比寿乃舞
 ⑬湯探り

『幣の舞』は、大祓の意味を持つ神聖厳粛な四方舞である。『天狐の舞』は、農業の舞の一つで、種まきに一匹の白狐が現われ、種子を食い覆土を堀り返す悪さに、見かねてこれをとらえようとする農夫(道化)が天狐に乗ぜられて行くこっけいな舞である。『岩戸開』は、天地やおよろずの神々に事の次第を奏上し、天照大神が岩戸に隠れた岩戸の前で女神が舞った後を承けて、岩戸を開こうとしてこれに近寄る荒神手力男の雄渾な舞である。やがて舞台は、岩戸から天照大神が現われ、四方の神々が喜ぶ舞で、神楽の最高の主題である。舞の「動と静」、曲の「序破急」の組み合わせによって盛り上げるクライマックスは美事である。『えびすの舞』は、ヱビスとヒョットコで舞う結びに近い舞で、餅などをまくことがある。
 舞い方は拝礼・四方固め・鈴舞・拝礼の順で舞が進められることが多い。動作は小さく動いて大きく、大きく動いて小さく見えるように努め、庭神楽の舞台いっぱいに踊ることを佳(よし)としている。
 囃子(はやし)方は、太鼓・笛・鉦の楽器で、三ッ拍子、四ッ拍子、七ッ拍子、神楽囃子、乱拍子で演奏する。
 両郷の『磯上神楽』は、庭神楽の舞台で舞われるのが特色である。舞台は、二間×二間半で、笹竹と注連縄とまん幕とをはりめぐらして設(しつら)える。

両郷の神楽


『栃木県の民俗』による

 本県の民俗芸能のうち『神楽』は最も多くしているが、その代表的なものは『風見(かざみ)の神楽』(塩谷町)であろう。これは毎年四月三日、東護神社の拝殿で上演されるが、その種類は神田流岩戸神楽で、演目は三十六座である。
(参考)三六座の舞(塩谷郡風見神楽の例)
  第一座 総礼の舞
  第二座 翁の舞
  第三座 住吉の舞
  第四座 二神の前
  第五座 千箭の前
  第六座 往還生命の舞
  第七座 醜女の舞
  第八座 道返し命の舞
  第九座 湯立八幡の舞
  第一〇座 八幡巫女の舞
  第一一座 湯立道化の舞
  第一二座 幣の舞
  第一三座 五行の舞
  第一四座 巫女の舞
  第一五座 安河原道化の舞
  第一六座 天の安河原の舞
  第一七座 扇の舞
  第一八座 読事の舞
  第一九座 天鈿目命の舞
  第二〇座 岩戸の舞
  第二一座 祝巫女の舞
  第二二座 天拝の舞
  第二三座 天拝道化の舞
  第二四座 稲田姫命の舞
  第二五座 足名椎命の舞
  第二六座 大蛇道化の舞
  第二七座 大蛇の舞
  第二八座 須佐之男命の舞
  第二九座 初祓二神の舞
  第三〇座 農業道化の舞
  第三一座 農業の舞
  第三二座 天狐の舞
  第三三座 三神和合の舞
  第三四座 剣の舞
       (現在伝承者なし)
  第三五座 恵比須の舞
  第三六座 大黒の舞

 楽器の囃子方は、大太鼓一、つけ太鼓一、
『二荒山神社宮比流太々神楽』(宇都宮市)は『岩戸廻りの舞』など十八の演目をもっている。
『木綿畑神楽』(黒磯市木綿畑新田)は、旧二月初午(はつうま)に稲荷神社の境内で上演される十二座神楽で、矢板市木幡神社の神楽の流れをくむものという。
『上羽田八幡神楽』(佐野市)は八幡宮に奉納される十二座の太々神楽であるが、その演目のなかで『金山彦命の舞』(金山彦命とヒョットコ二人が出て舞う。神剣をきたえあげる有様を表現した舞で、金山彦はきたえあげた神剣で四方固めを行ない、一方ヒョットコ二人は、剣をきたえあげた喜びで乱舞する)がみられるが、これは歴史的風土の中から生まれた民俗芸能の一つとして特筆されよう。