村としては、郡試案として決定され、ブロック町村として決定した二町三ヶ村合併について、審議が進められてきた。
昭和二十九年三月二十一日、委員四十六名をもって町村合併審議会が発足した。
たまたま、地勢的にも又、葉たばこ収納が馬頭管内である南部地区より近接大山田村との合併を促進したいとの意向を審議会に具申してきた。審議会は小委員会を開いて審議し、大山田村と交渉したところ、大山田村は県試案どほり馬頭町への合併が決定し、たばこ収納所問題については、宇都宮地方局に照会のところ、合併について収納所の変更はないとの回答があって村民もこれを了承した。ところが、馬頭町関係町村長が来村し、本村の受入れを希望する申入れを行うと、問題は再燃した。然し、川西、両郷、黒羽の三ヶ町村はすでに合併の方針を決定し、本村の態度を鶴首している状態であるので、審議会も二町三ヶ村合併に賛意を表した。
然し、其の後になり、湯津上村の態度未決定のために、県試案による二町二ヶ村合併に決定した。又同時に、須賀川基本林については、財産区を設定する方針を定め、議会も全員一致黒羽地区への合併を議決した。
右が本町における町村合併の経緯であるが、各町村夫々の合併審議会とは別に、各町村の代表者による会議がもたれていたのである。