○直箟(すぐの)神社(直箆温泉大明神)

890 ~ 891
 鎮座地 黒羽町大字余瀬三七一白旗山
 祭神 大己貴命 少彦名命
 祭日 二月十日
 沿革 那須余一宗隆が屋島の戦に、見事扇を射落した戦功によって、那須の総領となった。余一はその矢竹を産出した土地に、報謝の心をもって建立したのが本社である。最初鎮座の地は、今の大田原市北金丸地内の直箆であったが、享保年間に現在地に遷した。北金丸湯坂の氏子が祭りをしていたが、明治維新後廃絶して、現在は神官の子孫直箆氏の私社となっている。
 ちなみに、正倉院の御物の中に、漆葛胡〓(うるしつづらえびら)に入れた矢八十束がある。それに付けた木札には「下毛野那須郷今二」とあり、年号は天平宝字八年九月十四日と記されてある(わがふるさと)
 建造物 本殿
 境内 五五坪