○温泉神社(通称大宮)

893 ~ 894
 鎮座地 黒羽町大字中野内一九四二大宮
 祭神 大己貴命 少彦名命(後に村内十八社合社)
 祭日 四月十五日
 沿革 社伝によれば、当社は那須余一宗隆が、屋島の戦に扇を射る時、那須湯本の温泉神社に祈願し、見事扇の的を射落して軍功を立てたので、帰国後高館城下(大輪の温泉窪(ゆぜんくぼ))に勧請し創建した。後世現位置に移した。
 那須氏が衰いた後は、黒羽藩主大関氏代々当社を崇敬し、社殿を造営したりして維持した。
 『下野国誌』によれば、当社の祭神はもと、高〓(たかおがみ)命、谷於賀美(くらおがみ)命の二柱であったが、那須氏が那須湯本の温泉神社を勧請して、城中の守護神として祀ったとある。また『下野神社沿革誌』には、本社創立は詳かでないが、再建は大治二年(一一二七)八月、須藤権守貞信の造営だと記されてある。
 明治十二年五月二十一日、火災により社殿、宝物、古文書等焼失した。
 神賑行事 獅子舞、流鏑馬(往昔天正三年領主大関家の黒羽城築城に当り、敷地の地鎮の儀式執行のために主君自ら獅子の衣装を備え地堅として獅子舞を演じ大関家の繁栄を祈った後金丸八幡宮、大宮温泉神社の両社へ寄進された。当社においては毎年例祭執行の時、午後御神輿渡御行にて御旅所仮宮に遷座し、大前にて獅子舞、流謫の術を氏子中の青年により祭典の行事として毎年変ることなく行う。
 建造物 本社、拝殿、神楽殿 木鳥居 石燈籠
 境内 二〇三九坪
 宮司 中山邦

中野内、温泉神社(大宮)