この樹は、高倉家の居宅の傍、つつじを主とした築山の裾に植栽されてある。目通り周囲一・六メートル、樹高約九メートルで、幹は直立し地上一・六メートルのところで二分し、さらにその一つはまた一・三メートルのところで二枝に分れて、枝を大きく拡げている。枝張りは東西約二四メートル、南北約一九メートルほどで、樹勢はきわめて旺盛である。
同家は旧家であるが、この樹にちなむ古記録や伝承もないので、由来や樹齢は不明であるが、同家の管理する太子堂の鉦鼓の銘に「正徳元歳(一七一一)高尾西郷平山村云々」とあり、このことと樹相とあわせて推定しても、かなりの老樹である。